#66 大人気のヒーローたち

 そして、緑町南高校文化祭の当日。

 順たちは朝早くから現地に集合し、姿を現した先生の車から、三台のパソコンと周辺機器を展示会場の理科室へと運び込んだ。

「うわあ、懐かしいなあ、PC‐6001パピコン

 と声を上げたのは、猫山田先輩や真田くんなどの、南高校パソコン部の部員たちだった。北高校で今も活躍している初代のPC‐6001は、もともとこちらで使われていたものだ。みんな新入部員の時代に、この旧型パソコンのお世話になっていたのだった。


「わあ、懐かしい」

 こちらの声は、南高校の卒業生である里佳子先生のほうだ。実際に授業で、理科室を使ったこともあるらしい。

「わたし、理科系授業全然駄目だったんだよね。このランプとビーカー? でインスタントコーヒー作ったりしてたよ」

 と、フラスコを手に取ったりしている。

 今日の先生は女性教師モードで、ジャージではなく清楚っぽいスカート姿だ。その姿にもまた、南高校パソコン部の一同の注目が集まっていた。城崎元副部長がさんざん、「北高校の顧問は脚がきれいな美人教師だ」という噂をまき散らしていたのだったが、まさにその実物が姿を現したというわけだった。


 機材の設置が完了すると、風紀委員会の神代班長がまた姿を現した。北高校から持ち込んだ作品も、やはり内容チェックは行わなければならない。

「むう、これは手ごわい。これだけ拳を喰らわせても攻撃が通らんとは。やはり気の勝負か、これは」

 なんて言いながら対戦格闘に熱中し、

「まさかこの天使のように無垢なお嬢さんに、みちに外れたふるまいをさせるということなどゆめゆめ無かろうな?」

 と鋭い目をしながら「アオイ/2024」をプレイしたりと、神代班長は相変わらずの「チェック」ぶりを見せた。

「彼女にはそんなおかしなこと、絶対にさせません」

 力強く宣言する順と神代班長の間には、何だかよくわからない連帯感が生まれたようだった。


 展示の開始時間が近づくと、今年は去年をさらに上回る数の見学者が、理科室に押し寄せてきた。

 不祥事の件は校内でも知れ渡っていて、まさか問題のゲームが展示されるはずはないにせよ、何か妖しく面白いものが見られるのではないか、という野次馬的なお客が多そうだった。保護者や家族らしき、大人や小さな子供の姿も目立つ。

 順たちのパソコンが置かれた実験机には、「北高校パソコン部コーナー」と大きく書かれた模造紙が貼り出されて、こちらも注目を集めていた。先週のライブで彼らの存在を知った、北高校生も来てくれている。「南高校の文化祭に殴り込み!」という、緊急で大量印刷したチラシを両校で配ったのも効いたようだった。

 何よりも、北高校のパソコン部長が南高校に乗り込んできて、展示をやめさせようとする風紀委員会に直談判したらしい、という噂が両校の校内で広まっていたのが大きかった。

「ああ、この人たちが」

 という好奇心丸出しの視線で、北高校の制服を着た順たちをちらちらと見ていく生徒も多かった。いつの間にか順たちは、「伝説の勇者たち」みたいなポジションになっているようだった。


 彼らの展示が厳戒態勢下に置かれていることは、もう一人の有名人である風紀委員会の神代班長が鋭い目でゲームのチェックをしながら会場を巡回していることでも明らかに思われた。実はこの人は単にパソコンが好きなだけなのだ、という真相を知るのは、順や鈴木部長たちだけだ。

 どんな理由や動機があるにしても、とにかく大勢の人が見にきてくれるのはありがたい話だった。


 こちらでも、一関くんの「ファイティング・ヒーロー」による対戦格闘ゲーム大会が開催されて、やはり大人気になった。またしても参戦した鈴木部長が、例の「波動拳」連発の裏技で今度こそ優勝を狙おうとしたのだが、またしてもみんなにすぐ真似されて、たちまちに敗北に沈むことになった。

 ゲーム大会はこれだけではなく、その鈴木部長の作品である対戦型パズルゲームの「ティラトス改」を使ったトーナメントも開かれて、こちらもまた大好評だった。

 賞を取って、市販化された作品だけのことはあるのだ。鈴木部長も、今度は得意げに胸を張っている。その隣では、あの「女学院」の制服を着た、さらさらのポニーテールが素敵な女子高生がにこにこしながら寄り添っていて、この人が鈴木部長の彼女だということだった。

 同じ女学院の生徒だった朱美さんのことを思い出したのか、西郷副部長はどこか寂しそうな顔をしてその二人の姿を見ている。


 順も少しだけうらやましい気持ちになって、葵ちゃんと一緒に過ごした、先週のことを思い出していた。カラオケの約束はちゃんとあるけれど、今ここにまた彼女がいてくれれば、どんなに嬉しいことだろうか。

「太川くん!」

 ああ、どこかで葵ちゃんが僕を呼ぶ声まで聞こえてくる。これが、幻聴というやつか。

 いや違うぞ、と彼は慌てて周囲の人混みを見渡した。そこにはちゃんと、葵ちゃんとクラスの女子たちの姿があった。みんなで南高校の文化祭を見に来てくれたらしかった。


「すごいよねえ、太川くんたち」

「この人たちのピンチを救ったんでしょ? その、ええと、なんとか部の」

 順のクラスの女子たちは、口々に彼と西郷のことをほめたたえた。葵ちゃんは、自分のことのように嬉しそうな顔をしている。

「偉そうな生徒会の人を、西郷くんがにらみつけて黙らせたんだよね?」

 と大声でデマをまき散らす女子までいて、順は慌てて神代班長のほうを振り返ったが、「鬼誠」はただ苦笑しているばかりだった。そんなことは、彼にとってはどうでもいいらしい。

「いやいや、俺なんて大した役に立たなかったさ。ただ、にらみを利かせてやっただけでね」

 と、さも謙遜している風で単なる事実を話す西郷を、ツインテールがかわいいその女子は尊敬したような目で見つめている。どうやら彼女、同じクラスの西郷のことが、ずっと前から気になっていたらしかった。


(#67「ナイスアシスト、実紅ちゃん」に続く)

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