#64 「鬼誠」の意外な顔
「さて」
と神代班長は口を開いた。
「一週間の活動停止という処分に、不服があると聞きましたが。僕らから見れば、学校側の決定は軽すぎるぐらいだと思うのですがね」
「うちの部員が、不健全な作品をこの校内で作ってしまったことについては、本当に申し訳なく思います」
鈴木部長は、深々と頭を下げた。
「処分自体には、不服はありません。ただ、文化祭の展示まで認められないというのでは、まっとうな他の部員が……。処分期間を延長されても良いので、その当日のみは活動を認めていただけないでしょうか」
「処分内容を、自分たちの都合のいいものに変えて欲しい、と。それは少々、虫の良すぎる申し出ではないでしょうかね。立場分かってますか?」
班長の言葉に、「なによ偉そうに!」と言い返そうとした直子さんを、鈴木部長が制止した。西郷の表情もさらに険しくなり、全身の筋肉にぐっと力が入る気配がしたが、こちらは順がにらみつけて黙らせる。あんな挑発に乗ってどうするのか。ここでケンカになってはおしまいである。
「確かに、勝手な言い分かも知れませんが、どうか、どうか作品展示だけでも……」
もはや土下座も辞さないくらいに低く頭を下げて、鈴木部長はひたすらに頼み続ける。平身低頭とはこのことだ。「上に立つ者も大変」という熊岡先生の言葉が、彼の頭をよぎる。
「作品展示。作品、ねえ」
神代班長は、肩をすくめた。
「一体、どんな怪しげなものを校内で披露しようと言うのです? あなた方は」
ここで順が、思わず口を出した。
「あの、こうしたらどうでしょう? 今ここで、出展予定の作品が不健全な内容かどうか、班長さんに確認していただくというのは」
つまりは、後に発足する「ソフ倫」のように、全年齢対象で公開して問題ないかどうかの審査を、神代班長にやってもらおうというのである。
問題になっているのは、活動禁止処分の一時解除を認めるかどうかなのだから、この提案はどうも問題のすり替えのような気もする。しかし、班長の返事は予想外に前向きなものだった。
「なるほど。私が認めた作品であれば、展示しても問題ないだろうと。北高校さんとしては、そうおっしゃるわけですね」
神代班長はそう言ってうなずくと、少しだけ考え込んだ。
「いただいた提案を、無下にもできますまい。では、その作品とやらを見せていただけますか? 今から私がチェックします。ただし、山岡氏や横山氏らの作品は駄目だ。彼ら実行犯を参加させるわけには行かない」
鈴木部長と直子さんは神妙な顔をしたまま、内心飛び上がって喜んだ。山岡以外の部員の作品であれば見てもらっても何ら不都合はないし、今回の件に関わった部員たちが参加できないのは、まあ仕方ない。それで展示が許されるのなら、大勝利だ。
南北パソコン部員が手分けして、さっそく「FM77AV20」や「X1」「PC‐8801mkⅡ」を始めとする主力機を起動し、各部員が作った展示予定のプログラムを走らせる。部室内には、データレコーダーの発する信号音や、部員たちがキーボードをカタカタと叩く音が満ちあふれた。
新旧ずらりと並んだパソコンのモニターにゲームなどの画面が次々と表示されていく様子は、なかなか壮観だった。山岡先輩たちの作品が欠けることになり、これでも本来の予定より淋しい展示になってしまうのだが。
「鬼誠」班長は、鋭い目をしてそれらのゲームを一つ一つチェックして回った。画面を見るだけではなく、実際にプレイしてその内容確認までしている。
「うーん、これは良くできている。動作のスムーズさも申し分ないな」
「ベスト・プログラマー賞」を取った鈴木部長のパズルゲームをプレイしながら、神代班長はうなった。昨年の文化祭でも人気だったこのゲームは、その後改良されて対戦プレイも可能になっている。
というか、何だかチェックのポイントがずれてきている感じで、
「このイラストは、配色に改良の余地がある。もう少し中間色を使うべきだ」
「これは敵キャラの動きが理不尽すぎる。こちらを追ってくるアルゴリズムを見直したほうがいい」
などと言ってプログラムの中身まで確認し始めるに至っては、もはやどう見ても単なるマニアだ。
「あの……神代さん。もしかして、パソコンお好きなんですか?」
南北両校パソコン部の全員が抱き始めた疑問を、直子さんがついに蛮勇をふるって口にした。
「……ばれてしまっては仕方がありませんね」
ついに「鬼誠」は、その事実を認めた。認めるも何も、これでは丸わかりだが。
「実は私も、日立のMSX機を持っていましてね……。パソコン部のみなさんの活動にも、かねがね敬意を感じていたのです。北高校から通ってきている人がいる、というのも知っていました」
神代班長は、順にうなずきかけた。
「そのパソコン部が……。校内で不純なゲームの発表会をやろうとしている、などと聞いては看過できない。大体、聖なる美少女をかくなる邪な欲望の対象にするなど、言語道断である!」
時代劇風に大見得を切る班長に、順は思わず「話が合いますね」と握手を求めそうになった。ぜひとも「スペースガール・アオイ/2024」をプレイしてみて欲しいくらいだ。
しかし、客観的に見ればやはり、これではなんだかヤバいマニアということになる。我に返った班長は咳ばらいをして、
「……この内容であれば、問題ないでしょう。文化祭当日の活動は許可します。二度とこのような問題は起こさぬよう、部員の管理をしっかりお願いします」
と重々しく鈴木部長に告げた。順たちの、勝利であった。
(#65「南北合同展示」に続く)
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