#63 風紀委員会「鬼誠」班長

 翌日の放課後、順と西郷、それに一関くんの三人は自転車に乗って、南高校へと向かった。

「横山先輩は、山岡先輩が『あかんほう』に暴走してると心配していらっしゃったのに、結局は共犯になってしまったのですね」

 順の隣で自転車を走らせる一関くんが言った。やはり彼も、あの時の横山くんの言葉を覚えていたらしい。

「そんなこと言ってたのか? 横山が」

 前を走る西郷が振り向く。

「うーん、心配してるというより、ちょっと嬉しそうに見えたけどなあ、彼」

 主犯は城崎だとしても、横山くんも一緒になって山岡先輩を焚きつけたのではないか。順はそうにらんでいた。

「どんなに素晴らしい技術でも、使い方を誤れば大変なことになってしまう。我々も、肝に銘じておかなければなりませんね」

 核戦争にでもついて論じるような調子でそう言って、一関くんは真顔でうなずいた。

「俺にはどうもよくわからんよ。パソコンの絵の女の子がどんなすごい格好をしてようが、特に何も感じんがなあ」

 西郷は首をひねる。

「夜中に集まってそんな絵を見て、何が面白いんだ?」

 彼にはいわゆる二次元萌えの属性が全くないらしかった。ということは、この手の不祥事とは無縁というわけだ。

 今の四人の部員であれば、今回の南高校パソコン部のような事態に陥る心配は、まずなさそうだった。


 夕陽に照らされた農道を走り続けるうちに、ようやく南高校の旧校舎が前方に見えてきた。

 順にとっては通い慣れた場所だが、西郷と一関くんにとっては初めて訪れるライバル校ということで、二人とも興味津々の様子だった。こんな事態にならなければ、数日後の文化祭で初訪問となるはずだったのだが。

 まずは旧校舎三階のパソコン部室へと向かったが、その扉には赤い文字で「活動禁止中・立ち入り禁止」と書かれた紙が貼りつけられていて、封印された状態だった。

 間もなく現れた鈴木部長と直子さんと一緒に、彼らはまず職員室へと向かった。風紀委員会との対決前に、鈴木部長の担任である熊岡先生に挨拶をしておこうということだった。


「おう、君らがハマリカのところの部員か! よく来てくれたな!」

 がはは、と豪快に笑って、先生は順たちを歓迎してくれた。眉が太くてごつごつとした顔面は、なるほど浜辺先生の言う通りゴリラ系だ。

「うちの部員が、大変な不祥事を起こしまして、まことに申し訳ありません」

 上機嫌の担任に向かって、鈴木部長は改まった態度で頭を下げる。

「上に立つお前も大変だな、鈴木よ。パソコンとかは俺もよくわからんが、まあ連中も若気の至りという奴なんだろう。処分は仕方ないだろうがな」

「なんか、部員でもないOBが主犯てのが割り切れないんですけどね」

「城崎だな。あいつ、今度顔を出したら道場に引きずって行って、2~3時間くらいたっぷり稽古をつけてやる」

 この先生は、剣道部の顧問なのだそうである。竹刀でさんざんに打ちのめしてもらえれば、鈴木部長の留飲も下がるのだろうが。


「風紀委員会の神代には、俺のほうから話を通しておいた。あいつも、話の分からん奴ではない。あとは、お前ら次第だ」

 どうもありがとうございます、と一同は頭を下げる。

 不思議なことに、神代班長による査問は風紀委員会の面会室、通称「取調室」ではなく、パソコン部室で行われるという話だった。

 理由はわからないが、こちら側のホームグラウンドで話を聴いてもらえる、というのはありがたいことではあった。


 緊張しながら部室前の薄暗い廊下で待つこと数分、木造の床のきしむ音と共に、神代班長が一人で姿を現した。歌舞伎役者を思わせる、きりっとした顔が、今日は特に厳しく引き締まっている。なるほど、これが「鬼誠」かと順は思わず身震いした。北高校には、こんな恐ろしいお目付け役はいない。

「風紀委員会機動調査班、神代です。北高校のみなさまにおかれましては、どうもお疲れ様です」

 ゆっくりと頭を下げて、神代班長は丁寧に挨拶してくれた。さすがに、他校からわざわざやってきた順たちに厳しい態度を取るようなことはなかった。

 数日振りに封印を解かれた部室の扉を開いて、一行はその中に入って行った。大量の謎機材が山と積まれた長細い部室は相変わらず狭苦しく、一関くんは目を丸くした。うちの部室も、数年後にはこうなるのだろうか。


 無理やり場所を確保して椅子を並べ、神代班長と鈴木部長、そして直子さんが向かい合うように座る。いよいよ審問、対決だ。順たちは、その背後に並んで成り行きを見守る形になった。

 西郷副部長は大きく胸を張って腕を組み、ぎょろりと目を見開いて神代班長を見下ろしている。彼なりに鈴木部長を援護しようというつもりのようで、なにせ体格が良いから頼もしいと言えば頼もしい。しかし、残念ながらそういう威圧が通じる相手ではなさそうだった。まさか、得意の背負い投げで投げ飛ばすわけにもいかないだろう。


(#64「『鬼誠』の意外な顔」に続く)

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