#62 立ち上がる鈴木部長

 どうやら鈴木部長は、事件発覚後に激しく怒ったあと、ひどく落ち込んでしまったらしい。ニチイの屋上にあるゲームコーナーで、一人でドライブゲームを遊び続けている姿が放課後に目撃されていて、これはかつて同じパソコン部の女性部員に失恋した時と、全く同じ行動だということだった。

 主犯格である自称受験浪人生・城崎直哉が、少しも悪びれた様子を見せずに開き直っているらしいのとは、ずいぶんな温度差だ。


 担任である南高校の「ゴリ助」こと熊岡先生としても、

「鈴木が悪いわけじゃないしなあ。俺としても、何とかしてやらにゃならんかな、と思ってたところだ」

 と言ってくれているとのことだった。ここは何とか、文化祭当日だけでも活動禁止を一時解除してもらうように働きかけてもらえないかと、里佳子先生は「ゴリ助」に頼み込んだ。

「ハマリカお前、ちゃんと先生になったんだなあ」

 熊岡先生は感慨深げに言った。

「分かった、やってみよう。……誰が『ゴリ助』じゃい!」


 北高校からの「助命嘆願」が来た、ということは、南高校側でも話題になった。

 こちらのパソコン部まで勉強に来ていた熱心な北高校生、つまり順の存在を覚えている先生も多かったのだ。それが今や、北高校でパソコン部を立ち上げて部長になっている。なかなか良い話である。

 文化祭くらい出展させてやればいいじゃないか、外部との試合とかじゃなくて校内行事なんだから、というのが教頭先生の判断だった。

 ただし、問題が一つあった。職員側の判断だけでは、決定することができなかったのだ。

「鬼誠」こと神代誠介班長が属する、風紀委員会の了解なしには、部活動に関連することを決めることはできないことになっている。

「学校側としては構わないが、神代くんをちゃんと説得してくれ、ということだ」

 というのが、熊岡先生からの返答だった。


「やりましたよ! 直子先輩」

「やっぱり、浜辺先生に頼んで良かったです」

 と、先生と一緒に部室に戻ってきた西郷や一関くんは、直子先輩に喜びの報告をした。ところが、当事者である直子さんは、

「それがねえ……そんな簡単な話でもないのよね」

 と浮かぬ顔のままだった。

「やっぱり今でもうるさいの? 風紀委員会って」

 里佳子先生がたずねる。やはり卒業生だけに、その存在については良く知っている。


「機動調査班長が、偉そうな奴なんですよ。とにかく上から目線で、正義を振りかざして。そりゃ、今回のことはうちの生ゴミ男が悪いんだけど……」

 憂鬱そうな表情で、直子さんはため息をついた。

「あれを説得するとなると、ひと苦労かも」

「でもさ、とにかくやるしかないんだから。とにかく、部長の鈴木君に伝えなきゃね」

 先生はうなずいた。

「あと、君たち。乗り掛かった船なんだから、君らも一緒にお願いしに行ってあげなよ、あっちの風紀委員会の連中にさ」

 え? そこまでやるのか? という顔になった順たちだが、

「ほんとに?! とっても助かるよ!」

 と直子さんに先手を打たれてしまい、いやとは言えなくなってしまった。鈴木部長だけでは心もとない、と思っていた彼女としては渡りに船で、使える手駒は多ければ多いほど良いのだった。


 行ってらっしゃい、とにこやかに手を振る先生と実紅ちゃんに見送られて、直子に引き連れられた順たち三人は学校を出た。

 まず向かう先は、ニチイショッピングデパートだった。屋上遊園地のゲームコーナーに鈴木部長がいるはずだから、ということだった。

 自分の部活が大ピンチという状況で、あの鈴木部長がそんなところで現実逃避してるなんて本当なのだろうか? と順は首を傾げた。だが、エスカレーターを降りた彼の目に入ってきたのは、ドライブゲームの赤いコクピットにおさまって、ひたすら急ハンドルを切り続けている鈴木創一部長の姿だった。

「ああ、駄目になるとこんな感じなんだ、鈴木君……」

 どこか憐れむような目をしながら、直子さんはつかつかとゲーム機のそばへと歩み寄った。

「部長、何してんの! 出番だよ!」

 ドカン! という音が響いて、画面の中で赤いスポーツカーが横転する。まるで叱りつけるような、背後からの突然の声に、彼はびっくり仰天したらしかった。


「そうか……君たち、本当にありがとう!」

 鈴木部長は感激したように、順たち三人に順番に握手を求めた。まさか、北高校の彼らが、そこまでしてくれるとは思いもよらなかったのだ。

「まったく、しっかりしてよ! 鈴木君。そんなざまじゃ、そりゃ麻衣ちゃんだって愛想つかすわ」

 怖い顔をした直子さんが、叱りつけるように言った。「麻衣ちゃん」というのは、どうやら鈴木部長の彼女の名前らしい。

「え、嘘だろ?」

 鈴木部長がたちまちに青ざめる。もちろん嘘なのだが、その可能性をちらつかされただけでも顔色が変わるほど恐ろしいらしい。よほど大切な彼女なのだろう。


「よし、ここは何としてでも、風紀委員会を説得して見せるよ。なにが『鬼誠』だ、そんなもの少しも怖くはないぞ」

 先ほどまでとは別人のように力強い様子で、鈴木部長はうなずき、ぐっとこぶしを握り締めた。順のライブの時もそうだったが、どうも直子さん、頼りない男の尻を叩くのがうまい。


(#63「風紀委員会『鬼誠』班長」に続く)

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