最終章 ライバルたちの青春
#60 大不祥事、ご禁制のイラスト
間もなくやってくる文化祭に向かって南高校パソコン部では、展示する作品を仕上げるべく、全員が一丸となって取り組んでいた。新たなライバルとなった、北高校パソコン部に負けてはいられない。
中でも、特に熱心だったのが山岡師匠と横山くんだった。夜中みんなが帰ったあとも、二人を中心に数人でプログラミング作業を続けるという力の入れようだ。
一体どんな作業をやっているのか、深夜の部室からは、
「すごい……これはすごいですわ」
「むほほほほ」
などと、謎の奇声が漏れ聞こえてくるという有り様だったという。
ちょうどその頃、北高校内には、おかしな噂が流れ始めていた。今週末の文化祭終了後の深夜、あのパソコン部において、「夜の文化祭」というものが開催されるらしい、というのだ。
いつものプロッタプリンタで印刷された、極秘のチラシを目にしたという生徒も現れた。その内容について問われた彼は、なぜか固く口をつぐんだままだったという。
何をどう考えても怪しい状況だが、この噂が「風紀委員会」の耳に入ったのはまずかった。
その夜、またしてもおかしな奇声が響くパソコン部の部室前廊下には、足音を忍ばせて歩いてくる男たちの姿があった。音もなく部室の前に立った彼らは、一切の予告なしで、扉をガラガラと一気に開いた。
仰天したように振り返る、数人の男ども。その中にはなぜか、OBである城崎元副部長の顔もあった。
「風紀委員会、
先頭に立つ、険しい顔をした男が、学生手帳を開いて写真を示した。城崎や山岡たちの顔色がさっと変わる。
生徒たちの自治によって物事を進めるという自由でオープンな校風が、南高校の伝統だ。しかし、そんな開放的な環境の中でも、守るべき秩序というものは間違いなく存在する
その、校内秩序の守護神たる立場を自負しているのが、生徒会の外局である「風紀委員会」だった。
中でも三年の神代誠介班長と言えば、風紀委員会の機動調査班長として、校内では泣く子も黙るほど恐れられる存在だった。江戸時代で言えば、
たとえ相手が教師であっても、必要とあれば遠慮なくやり玉に挙げるという厳しさだったから、「鬼誠」は職員室サイドからも恐れられていた。
「遅くまで、部活動ご苦労なことだが、その画面に映っているものについて、少々聞きたいことがあるのだがね」
「鬼誠」班長は、手にした竹の定規でFM‐7を指し示した。山岡が慌ててモニター画面に覆いかぶさろうとするが、班長は無慈悲にぴしりと定規で彼の手を打つ。
説明するまでもないだろう。そこに映っていたのは、ついに一線を越えてしまった彼が作ったご禁制の品、18禁相当のイラストなのだった。
調査班員が横山たち部員らに飛び掛かり、羽交い絞めにして身柄を確保する。
こうして、南高校パソコン部創部以来の大不祥事が、表沙汰になったのであった。
山岡たちをそそのかした主犯に当たるのは、やはりというか城崎元副部長であった。大学浪人中なのに何をやっとるんだという感じではあるが、
「ついむしゃくしゃしてやった、文学者として申し訳ない。でも、アレを作ったのは山岡だ僕じゃない」
と定番のダメな言い訳を繰り返した。
最初は、非モテの男どもでこっそり楽しむつもりだったのだが、美少女職人山岡の魂が乗ったイラストがあまりにも出来が良いので、つい他の生徒にも見てもらいたくなったということだった。
実際、それは素晴らしい出来栄えではあったと、現場に踏み込んだ「鬼誠」班長は後に語っている。
あくまで内密に、というつもりが、「夜の文化祭」というワードにあまりにインパクトがありすぎた。ものすごい勢いで噂が拡散して、こういう結末に至ったのであった。
大事件と言えば大事件だったが、部室のパソコンでいかがわしいゲームを作ったらしい、というのがどの程度の悪事と言えるのか分からず、学校側も困惑した。エロゲーの規制問題がすでに国会で取り上げられたりはしていたものの、まだまだ一般社会では知られていない存在なのである。
初代の顧問だった国語教師が今年の初めに学校を去って以来、パソコン部の顧問は空席のままだった。引き受けようとする先生がおらず、生徒の自主的活動に任せていても、特に問題も起きていなかったからだ。その状況を放置していた学校側にも、責任の一端はありそうだった。
過去には漫画研究会が不健全パロディ漫画の薄い本をこっそり学内で頒布するという問題を起こしたこともあり、その際には一週間の活動禁止という処分が下っている。
まあ、今回もそんなところだろう、というのが学校側の判断だった。ただ、その一週間には、文化祭の期間が含まれていた。
(#61「動き出した、順たち」に続く)
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