#61 動き出した、順たち
文化祭を無事に成功させてひと息ついていた順たちが、南高校パソコン部の事件について知ったのは、その翌日のことだった。放課後、血相を変えた直子先輩が現れて、その顛末について教えてくれたのだ。
そういえば以前、横山くんが、
「山岡さんが『あかんほう』に突っ走っている」
と言っていたのを、順は思い出した。あれはやはり、そういう「あかんほう」だったのだ。
「あのエロボケ男ども! ぶん殴って早穂川の底に沈めてやりたいよ!」
白い炎が頭上に立ち昇りそうなくらいに怒りに燃えた直子さんは、城崎たちを口をきわめて罵倒した。そりゃ怒るのは当たり前なのだが、その激しい口調に順たちは、思わず首をすくめた。
「あんな蛆虫のわいた生ゴミ男どもには我慢できないよ! わたし、もうこっちに移籍するから。明日から、またよろしくね」
とまで言い出した彼女を、順と西郷は必死でなだめた。すでに半分こっちの部員みたいなものだし、移籍してくれるのはありがたいのだが、それではさすがに鈴木部長がかわいそうだ。
「創一くんも間抜けでバカなのよ。自分が部長なのに、山岡や横山たちを野放しにして。連帯責任よ、あの人も」
その鈴木創一部長までも、直子さんは切って捨てた。呼び捨てでは無く、蛆虫よりは扱いがましな感じなのは、彼女も多少配慮をしたようだ。
「それで、文化祭のほうはどうなるんですか?」
実紅ちゃんが淹れてくれた紅茶を飲んで、少し落ち着きを取り戻した直子さんに、西郷が訊ねる。
「だって、活動禁止なのよ? 発表展示なんかできるわけないじゃない」
直子さんは、深いため息をついた。
「わたしはまだいいのよ、他の子のゲームにBGMを作ってあげたりはしたけど、単独展示は予定してないし。でも、文化祭を目指して必死で作品作ってた子も何人もいるのよ? あんまりじゃない」
移籍する、とか口走ってはいたが、やはり彼女も自分の部活を何より大切に思っているようだった。
「何とかしてあげられないものでしょうか? 我々も、あちらのパソコン部さんにはずいぶんお世話になっていると思うのですが?」
一関くんが、順と西郷の顔を見た。彼の言う通り、こちらの部活を立ち上げることができたのも、南高校パソコン部の支援があってこそだ。特に順にとっては、かつて客員部員として彼自身が所属していた部活でもある。
「よし、浜辺先生に相談してみよう」
と順は言った。南高校の卒業生である里佳子先生は、向こうの先生にも顔が利くはずだった。以前、PC‐6001を引き取りに行ったとき、あちらの先生と楽し気に話していたのを、順たちは見ている。
「本当?! ありがとう、太川君。頼りにしてるよ!」
そう言って直子さんに見つめられた順は、
「大丈夫です、任せてください」
とつい安請け合いをしてしまうのだった。
「あー、聞いてるわ、あちらのパソコン部の事件」
職員室にやってきた順たちに、里佳子先生は苦笑いしながら言った。
「バレンタインの時にチョコでだまして部室掃除させた、あの子たちでしょ? 思春期も色々大変だけど、学校でやっちゃだめだよねえ、そういうやつは」
先生の言う通りだった。今回不祥事を起こした城崎、山岡、横山の主犯三人は、まさにあの時、清楚っぽい服装をした先生の色香につられて部室掃除をさせられた非モテのトリオだった。どうにも哀しい三人組である。
「何とか、浜辺先生のコネで、文化祭だけでも何とかならないでしょうか。うちとしても、南高校のパソコン部にはずいぶんお世話になってますし」
という順の頼みに、
「パソコンももらったしねえ。いいわ、ちょっとゴリ助にでも、話してみるわ」
先生は快く引き受けてくれた。「ゴリ助」というのは、南高校在学中の恩師ということだった。
まずはちょっと様子を聞いてみる、ということで、先生はその場で南高校の職員室に電話をかけてくれた。
「あ、もしもし。わたくし、緑町北高校の浜辺と申します。ゴ……熊岡先生はお手すきでいらっしゃいますでしょうか? あ、はい、お願いします」
先生は、受話器を手で覆った。
「ラッキー、ゴリ助まだ帰ってないわ。いつもさっさと帰るのに。……あ、もしもし? そうそう、わたしわたし、ハマリカ。元気よ、そりゃいつも。ゴリ助は?」
あははは、と笑いながら、まるで友達としゃべるように雑談を始めた先生だったが、しばらくしてからようやく本題に入った。
「わたし、こっちでパソコン部の顧問代わりみたいなのしてるんだけど。え? わたしそんな馬鹿じゃないし、パソコンなんか余裕だし」
などと大嘘の見栄を張ってみせた先生は、
「え? ゴリ助担任なの? 部長の鈴木君の?」
と大声を上げた。
なんと、かつて里佳子先生の担任だった熊岡という先生は今、鈴木部長の担任をしているらしい。
それなら話は早い。状況を打開する糸口が見つかったと言って良さそうだった。
(#62「立ち上がる鈴木部長」に続く)
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