#59 一年後の文化祭

 順の説明を聞きながら、葵ちゃんは西郷の作った「坊主めくりゲーム」を楽しそうに遊んでくれた。最後の最後で「姫」を引いて札を総取りすることができた彼女に、

「これ面白いね!」

 とほめられた西郷は、

「俺も、だてに副部長やってるわけじゃないからな」

 と胸を張ってみせた。さっきまで土下座していたのが嘘のようだが、空元気も入っているようだ。

 彼女も格闘ゲームのほうは苦手なようで、スタートするなり対戦相手のCPUキャラクターにボコボコにされてしまった。運動神経には自信があるだけに、悔しそうな様子だ。

「すみません、まだまだこのゲーム、操作性に問題があるようです。頑張って改善しますので」

 などと、一関くんはそんな彼女をそつなくかばってみせた。男前キャラはやはり違う。


 しかしさすがに順としても、「アオイ/2024」についてはスルーするしかなかった。その名の由来について、本人を相手に解説するわけにもいかない。

 葵ちゃんも、その画面が目に入りそうになる度に、恥ずかしそうに天井とか窓の外とかの方向へと視線をそらすというありさまだった。

 そんな二人の良さげな雰囲気に、女性陣は顔を見合わせては嬉し気に笑っていた。南高校の鈴木部長も、いい感じじゃないか、という様子でうなずいている。この人もちゃんと彼女がいるらしいから、気持ちに余裕があるのだろう。


 一方、何一つ事情を知らなかった山岡先輩と横山くんは、どこかうらぶれた雰囲気を漂わせていた。

 順があれだけ必死に作っていた「アオイ」ちゃんが、まさかこうして現実に存在したとは。どんだけこの子が好きやったんや、と突っ込まざるを得ないところだったが、現に目の前でデートの約束などされては、完全に負けである。何が負けなのかはわからないが。

「そやけど、僕らには僕らの道がありますよね、山岡さん」

「そうだ、そうだとも。横山くん。僕らには、あの切り札があるさ」

 急に絆が深まった様子の山岡と横山は、二人で顔を突き合わせて、ごにょごにょと何やら怪し気に言葉を交わすのだった。


「それじゃ、また今度。カラオケ、楽しみにしてるね」

 と手を振って部室を去る葵ちゃんを見送ってから、順は緩み切った顔をどうにか引き締めて、午後からの格闘ゲーム大会の準備に入った。一緒に作業する西郷副部長は、うらやましそうな表情を隠せないままだ。

 ホワイトボードをCX7の背後に設置し、参加希望者に記入してもらう名簿や番号札、トーナメントの対戦相手を決めるためのあみだくじなどを用意する。部室展示のメインイベント、ここはしっかり盛り上げなければならない。午前中の様子だと、かなりの数の参加希望者が期待できそうだった。


 午後からに備えて交代でお昼ご飯を済ませておこうということで、一年生たちが帰ってきてから、順は食事に出た。

 学食に行ってから、自主映画を上映しているはずの自分のクラスにも顔を出すつもりだったのだが、途中の料理実習室の前で熱心に勧誘していた料理部に、彼はうっかりつかまってしまった。恒例の「洋食屋 山猫軒」を開業中ということらしく、辺りを漂ううまそうな匂いに、おなかの空いていた彼は抵抗できなかったのだ。まあ、せっかくの文化祭だし、たまにはこういうのも良いだろう。

 少々待たされた後に出てきたオムライスは、程よい酸味の効いたケチャップと甘みのあるソースが溶け合って、予想を上回るうまさだった。さすがに、本気で料理を追求している部員たちが作っているだけのことはある。


 部室への帰り道、お客を呼び込む声が幾重にも響く廊下は、展示を行っているクラスや部室がさまざまな飾りつけを競い合っていて、華やかな空気に満たされていた。

 壁のあちこちには、例によってプリンターで印刷したパソコン部のポスターが、大量に貼り出されていた。やはり物量作戦はインパクトがある。自分もまた、このお祭りに参加している主役の一人なんだなと順は改めて実感しながら、にぎやかな廊下を歩いた。

 それにしても、と彼は思った。去年と比べて、何という違いだろうか。

 葵ちゃんのメイド服姿を、涙をこらえて見ていたあの文化祭。これほどまでに状況が変わったのは、やはり頑張ってパソコン部を立ち上げたからだ。その必死の姿を見せることがなければ、今のような結果にはならなかったはずだった。


 午後からの格闘ゲーム大会は参加希望者があまりに多くて、対戦相手を決めるあみだくじの前に、まずは抽選で参加者を決めなければならないほどだった。

 南高校パソコン部からは、鈴木部長が抽選を突破してエントリーすることになった。

「対戦格闘ゲームって、あんまりやったことないんだよなあ。僕はドライブゲーム専門で」

 と話していた鈴木部長だったが、「カラテバカ」を使用キャラに選んで対戦が始まると、これが異常なくらいの強さを見せた。いや、それは明らかに異常だった。エネルギーチャージ後にしか放てないはずの「波動弾」という遠隔攻撃を、連続発射している。

 どうやら、特定の操作をすると「波動弾」が連発できてしまうというバグがプログラムに残っていたらしかった。前のプレイヤーの対戦を見ていた鈴木部長は、それを見抜いたのだ。いわゆる「裏技」を見つけたわけである。しかし、これでは完全にチート状態だ。

「しまった……」

 と一関くんは青くなったが、そこからはプレイヤー全員が、そのバグを再現することに熱中し始め、あたかもビームを撃ち合うゲームであるかのような様相となってしまった。


 ところが、これが予想外に盛り上がった。

「くそ、出ろ『波動弾』! なぜ出ない!」

「そこまでだな」

「まだだ、まだ終わらんぞ!」

 などと、熱い応酬が部室内に展開されて、観戦しているギャラリーも大喜びとなったのである。

 結果的に、チート技を発明した形になった鈴木部長は途中で敗退し、優勝したのは北高校の二年生。

 しかし、こんな裏技を見つけた南高校のパソコン部長はさすがだ、と賞賛が集まることにはなった。これはこれで一つの勝利だろう。

「来週は、南高校の文化祭です。我々パソコン部も展示を行うので、ぜひ見に来てください。……ライブはやりませんけど」

 鈴木部長もここぞとばかりに宣伝をしてみせるのだった。


 こうして、北高校パソコン部の文化祭初参加は、大成功のうちに終わった。

「いやあ、初回からここまでのレベルの展示とは、まいったよ。でも、うちの展示も負けてないからね! じゃあ、来週もよろしく」

 鈴木部長たちは、自信ありげにそう言って去って行った。

 さあ、元祖パソコン部がどんな展示を見せてくれるのか。来週の南高校文化祭に期待が膨らむ順たちだった。


(最終章「ライバルたちの青春」に続く)

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