#58 空白の一年間、ここに終わる
ライブで大ブレイクを果たしたパソコン部の部室には、さっそくたくさんの見学者がやって来た。
大忙しのCX7に再び「ファイティング・ヒーロー」をロードして、PC‐6001と「mkⅡ」の三台によるゲームの展示を再開する。
見学者へのサービスということで、DXシンセを使った直子さんと実紅ちゃんによる演奏も行われて、これでもはや死角はなかった。
「ずるいなあ……こんなところで大活躍して。でも、かなり楽しそうだったね」
山岡先輩や横山くんたちと一緒に部室にやって来た鈴木部長が、直子さんにそう言って苦笑いした。彼女はすでに、普段着に着替えを終えている。
「わたしも、あれだけの人数の前で弾くのは初めてだったもん。それも、あんなに盛り上がって、高校時代のいい思い出になったよ」
「くそ、悔しいな。今からでも、来週の
「もしエントリー出来たら、創一君が部長として歌うってことね?」
「いや、僕はちょっと……彼みたいになっちゃったら大変だ」
鈴木部長は、順のほうをこっそり指さした。
部室の片隅に置いたパイプ椅子の上に座った彼は、完全に燃え尽きてうなだれていた。そりゃそうだ。慣れない大舞台で予想外の大活躍、脳内物質を使い果たしてしまえば、あとは死して屍拾うものなし、となるばかりなのは当たり前だった。
幸い、あとの進行は、順と入れ替わりのように元気を取り戻した西郷副部長が取り仕切っていたから、問題はなかった。
なぜ彼が元気になったかというと、見学に来た女子生徒に、
「お二人のステージ、とっても素敵でした」
などと言われたりしたからで、まあ実に分かりやすい。
「めちゃシンプルなのに、これ案外おもろいなあ。この機種の性能にもマッチしてる」
PC‐6001の前に座った横山くんは、その西郷の処女作である「坊主めくり」を遊びながら感心している。実際、見学者にもなかなか好評だった。
「なかなか頑張らはったねえ、西郷君も」
「いやー、横山くんにそう言ってもらえると、苦労した甲斐があるよ」
作品を褒められて、副部長も嬉しそうだ。
一方、「スペースガール・アオイ/2024」が動いている「mkⅡ」の前に座った山岡師匠は、真剣な目をしてキーボードを叩き続けていた。
「これは、良くできている……。展開もイラストも素晴らしい。文句なしの出来だ」
師匠のその言葉に、順は首の筋肉に残った力を振り絞って顔を上げた。
「本当ですか、山岡先輩」
「ああ、間違いない。あの最初の『アオイ』ちゃんから、良くもここまで仕上げてきたものだ。『ベスト・プログラマー賞』を十分狙える出来だよ。ただ……」
美少女職人とも謳われたその男・山岡師匠は、急に小声になって順に訊ねた。
「せっかくここまで仲良くなっても、服は着たままなのかね? この『アオイ』ちゃんは」
その顔は真剣だ。何を言っとるんだお前は、と頭をしばいてツッコミを入れたくなった順だが、師匠相手にそんなことはできない。
「彼女は、清純派なんで……」
どうにか答えを返した彼に、
「そうかそうか、清純派か。それもありだな」
山岡先輩は目を細めて「アオイ」ちゃんを見つめる。一体、何を考えているのやら。
邪な気配を漂わせる山岡先輩の背後で、部室の扉が開いた。廊下の窓から射す光の中、姿を現したその女子生徒の顔に、順の息は色んな意味で止まりそうになる。
「おお、河瀬。来てくれたのか」
西郷が声をかけた。言うまでもなく、そこに立っていたのは本物の葵ちゃんだった。
「うん……ちょっと。あ、さっきはお疲れ様。すごく盛り上がったね、ライブ。……太川君も」
順に向かって、葵ちゃんは控えめに微笑みかけてくれた。彼のそばのモニター画面に映った「アオイ」ちゃんのことは、あえて見ないようにしてくれているらしい。
「そうか、ライブも見に来てくれたのか。ちょっと色々あってな、俺は遅刻しちまって、みんなに迷惑かけちゃったんだが」
周りの部員たちの様子をうかがいながら、西郷は小声で言った。土下座までしただけに、それなりに反省はしている様子だ。
「太川君、上手に歌っててびっくりしちゃった。みんなもほめてたよ、その……格好良かったって」
うつむき加減で視線をそらした彼女の言葉に、燃え尽きるまで頑張った甲斐があったと、順は心の底から思った。体の重さなど瞬時に消え去り、またしてもそいやそいやと踊り出したい気分だ。踊らないが。
「カラオケボックスとか通って、すごく特訓されてたんですよ、太川部長」
と横から実紅ちゃんがナイスアシストしてくれる。勘の働く、大変に良い後輩である。
「そうなんだ……。いいね、カラオケボックス。わたしも行ってみたいな」
「おお、じゃあ今度俺らと」
と口走りかけた西郷は、実紅ちゃんと直子さん、それに先生に一斉にすごい顔でにらまれて黙り込んだ。
なるほど、そうか。そういうことか。考えてみれば、思い当たる節がいっぱいある。そう言や、このゲームだって「アオイ」ちゃんじゃないか。
ようやく順と葵ちゃんの関係性に気づいた彼は、うらやましそうな顔になった。
今度は、太川の番なんだな、と。
みんなが見守る中、順はついに誘いの言葉を葵ちゃんへと差し出した。半ば、祈るような気持ちで。
「じゃあ……今度、一緒に行こうか。県道のカラオケボックス」
「うん、一緒に行きたいな。じゃあ、後で電話番号渡すね」
葵ちゃんのその言葉は「思い出の木」以来の一年間の空白に、終わりを告げるものだった。
(#59「一年後の文化祭」に続く)
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