第四章 秋の祭典
#50 スタンバイOK
部員それぞれに準備を進めるうちに、9月の残りはさらさらと過ぎ去って、10月がやってきた。第三日曜日の文化祭本番まで、カウントダウンの段階に入ったわけだが、みんなの顔に不安はない。
実紅ちゃんの演奏はすでに完璧の域、ボーカル二人も練習を終えて、当日にパソコンで展示する作品も完成に近づいていた。
ゲーム大会に使う作品として一関くんが創り上げたのは、プレイヤー二人で遊べる対戦格闘ゲームだった。
タイトルは、「ファイティング・ヒーロー」。初代の「ストリートファイター」を一部参考にした五人のキャラクター、「カラテバカ」「ボウズ」「ダイソン」「ゼンジー」「ベラサマ」のどれかを選んで遊ぶことができるという内容で、「気」を放って遠隔攻撃したり、ムチで相手をぶちのめすといった技も使える。
対戦プレイ時にも、使用キャラを自由に選べるというのは、本家の「ストリートファイター」を上回る仕様だった。
「わあ、本当に『ナントカ一武道会』みたいなの作ったんだねえ、一関くん」
縦横無尽に画面を動き回る格闘家同士のバトルに、元々の提案者である里佳子先生も喜んでくれた。8bitパソコンでこんなものを作れるのも、その能力を最大限に引き出す一関くんの技術があってこそだった。
「この出来なら間違いなく、我が部の展示の目玉になるよ」
と部長の順も大満足だった。あの時、一関くんに必死で入部してもらって、本当に良かった。
彼自身の「スペースガール・アオイ/2024」も、すでにほぼ完成していて、恋人になった彼女の喪われた記憶がよみがえる、という最終段階までプレイできるようになっていた。
ただ、ある程度の長い時間をかけて会話を続けて、ようやく到達できるエンディングだけに、文化祭の展示という短い時間でそこまで遊んでもらうのは不可能だ。当日は、美少女が主人公として登場するという、その一点のみで勝負することになる。この作品の場合、主戦場はあくまで「マイコン・マガジン」への投稿のほうなのだった。
で、西郷副部長が創ったのは、予定通りに「カードで遊ぶゲーム」だった。ただし、トランプではない。彼が作ってきたのは「百人一首」の札で遊ぶ「坊主めくり」だった。
一枚ずつ札をひいて、「坊主」が出たら手持ちの札を場に放出、「姫」ならば場に出ている札を全部取れるというだけの超シンプルなルールだから、ロジックは簡単だ。単純な
「そりゃカードで遊ぶゲームには違いないけどさ……予想もしなかった方向で来たな、お前」
と驚いた順だったが、完成したゲームを対CPU戦で遊んでみると、これが案外面白い。札を引く山を3つの中から選ぶというのが唯一のゲーム的要素で、技術も駆け引きもあったものではないが、人を小馬鹿にしたような顔の「坊主」のデザインがうまくて、負けるとついついリベンジで遊んでしまうのだった。
「そうか、面白いか」
と、西郷副部長はほっとした様子だった。
「これを作るために、実際に朱美さんと坊主めくりで遊んでみた甲斐があったよ。まあ、熱中しすぎて最後はケンカになってしまったんだが……」
急に暗い顔になる西郷。いや、その結末は前回のトランプで予想できただろと順は呆れる。それにしても、最近ケンカばかりしているらしい西郷と彼女の関係、本当に大丈夫なのだろうか。
CX7のキーボード一本だけでは、「TM NETWORK」の演奏をライブ会場で再現するにはさすがに力不足らしく、直子さんが一緒に演奏してくれたベースやドラムのリズムパートなどを録音して使うことになった。
「あの……やっぱり、本番でも一緒に演奏していただけると嬉しいんですけど……」
直子さんに再度そうリクエストする実紅ちゃんであったが、
「他校の私がステージにまで出るってのは、ちょっとね。当日は
と、直子さんは慎重な姿勢を崩そうとしなかった。
ステージに出てもらうのは、やはり難しそうだ。しかし念のために順は、他校の学生が文化祭のステージに出るのが可能かどうか、里佳子先生に確認しておくことにした。
「それがねえ、他校の生徒もOKなのよ。おかしいでしょ、自分とこの学校の先生は駄目なのに」
ステージで歌いたくてたまらなかった先生は、非常に不満そうな顔でそう教えてくれた。
ならば、直子さんの出場も一応は不可能ではないということらしい。南高校の鈴木部長たちがそれで怒るとも思えず、むしろ面白がってくれそうな気がしたから、何か直子さんの気が大きく変わるような事態が起きれば、まだ可能性はありそうだった。
順にそう聞かされた実紅ちゃんは、
「そうなんですね! じゃあ、直子さんと一緒にステージで演奏することになるかも、ってつもりで練習しておきます」
と嬉しそうな顔になった。まあ、実際そうなる可能性は低そうなのだが、少なくともルール上はOK、というのは大きかった。
(#51「少数精鋭、注目のパソコン部」に続く)
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