#51 少数精鋭、注目のパソコン部
文化祭の前日、土曜日の午後には体育館ステージでのリハーサルの時間がもらえることになっていた。部室の設営と並行でやることになるから、部員一堂はまさに大忙しだ。
セッティングの手伝いに来てくれた直子さんだったが、
「非公開のリハーサルだし、今日は一緒に演奏しようか?」
と言ってくれて、実紅ちゃんを大喜びさせた。当日のステージ本番は録音を流す予定だから、これはまさに幻の共演ということになる。
そういうわけで、実紅ちゃんのCXと直子さんのDX、この二つのシンセキーボードと、マニピュレータである一関くんが操作するパソコン本体とモニター画面、これらがステージ上に並ぶことになった。なかなかに本格的で、壮観な眺めである。
セッティングしたCX7で実紅ちゃんが試しに「ナイトバーズ」を演奏してみせると、体育館内に流れるそのシンセのメロディーに、他の出場者たちからの注目が一気に集まった。
「おい、どこだよ、あの部活」
「『パソコン部』?! そんなのうちにあったか?」
「すげえ、あれ、ヤマハのシンセだろ」
音楽系部活や個人出場のバンドメンバーたちが何だかざわついている中、今度は実紅ちゃんは「SELF CONTROL」のイントロを軽く試しに演奏してみせる。
おお、とさらにざわめきが広がった。今まさに注目を集めているシンセ音楽ユニットのヒット曲、しかも特に印象的なイントロのリフだ。シンセ音楽への好き嫌いはあるにせよ、音楽系の彼らが知らないはずもなかった。
この瞬間、「パソコン部の知名度爆上がり」という、文化祭ライブ出場の大きな目標の一つが、早くも実現されたわけだった。
「うん、いいね。じゃあ、ちょっと合わせてみようか」
リズムセクションを担当する直子さんが、そう言ってDXシンセの鍵盤の前に立つ。まずはボーカルなしでワンコーラス半、演奏を試してみることになった。
本番では見られないはずの幻の共演、女子高生キーボーディスト二人によるシンセ演奏。それは、まさに圧倒的な迫力だった。ただのリハーサルのはずなのに、演奏が終わると体育館のあちこちから拍手の音が聞こえてくるほどだった。
持ち時間も限られているので、続いてはボーカルも加えてフルコーラスでのリハーサルに入る。部室から呼び出された西郷と順の二人がステージに立つと、ただの普通の男子高校生にしか見えないその姿に、一体この二人がどんな歌いっぷりを見せてくれるのか、とまたしても注目が集まる。
しかし、実際に西郷たちが実紅ちゃんと直子さんの演奏に合わせて歌い始めると、体育館の中に広がっていたざわめきは、ちょっと違う方向へと向きを変えることになった。
女の子二人のシンセによる演奏のレベルと、平凡な男子高校生による歌のレベルの落差に、その場の全員が一斉に首を傾げたのである。特に下手とまでは言わないが、どう見てもただの素人だ。なぜにこの組み合わせなのか?
その残念なインパクトもまた、パソコン部という不思議な存在を印象付ける役に立った。男性ボーカル二人にとっては、不本意なことではあったが。
一方、パソコン部のメイン展示会場となる部室でも、設営作業が進められていた。
向かい合った長机の上に設置されたのは、旧型PC‐6001と「mkⅡ」の二台のパソコンだ。
一方の画面には「スペースガール・アオイ/2024」のカラフル美少女イラスト、もう一方には「坊主めくりゲーム」が表示されていて、それぞれに全く異なる個性を主張している。
主役となるべき一関くんの格闘ゲーム、「ファイティング・ヒーロー」のほうは、そのプログラムを動かすことになるCX7がちょうど体育館のステージに出張中なので、まずはホワイトボードなどの備品だけを用意しておくことにした。
赤いペンで「北高校パソコン部・格闘ゲーム大会」とでかでかと書かれたホワイトボードは、ゲーム大会のトーナメント表などを記入するのに使われる。参加してくれる人がちゃんといるかは不安だったが、とにかく体育館ライブでパソコン部の名を広めれば、それなりの見学者は見込めるだろうと順たちは考えていた。
リハーサルが終わり、順たちがシンセ機材と共に体育館から引き揚げてくると、設営作業も再開ということになった。
部室中央の長机に部の旗艦たるCX7をセッティングして、記録メディアであるカセットテープからプログラムのデータをロードする。
ロードの完了後、
南高校パソコン部の文化祭展示のように、ずらりとパソコンが並ぶわけではない。しかしそれでも、最小の戦力によるものとしては、なかなかに強力な内容になったはずだった。
「一年目からここまでやれれば文句なし、上出来よ! きっと。みんな本当に頑張ったわ、まさに少数精鋭ってところね! 多分」
里佳子先生が、そう言ってほめてくれた。語尾にやたらと「きっと」とか「多分」がつくのは、いまだに先生にはパソコンのことが良くわかっていないからだが、とにかくその声だけは力強い。
「ほんと、すごくいい内容になったと思うな、わたしも。
と、今やこの部活のアドバイザーみたいになっている直子さんも言ってくれて、こちらは素直に信用して良いだろう。実紅ちゃんと一関くんも、嬉し気な顔をしている。
これであとは、明日の文化祭本番を待つだけだ。
みんな、そんな風に思っていた。
(#52「二つの青春」に続く)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます