#49 セルフ・コントロール
里佳子先生の勘違いによる騒動は解決したが、順たちの反省は嘘ではなかった。
メイン・ボーカルは、オーディションの結果通りにあくまで西郷だが、順も実紅ちゃんのために心を入れ替えて、コーラスで一緒に参加することにしたのだ。
一関くんはシンセのマニュピレータとして、ステージの後ろでCX7を操作し、曲の進行に合わせて音色の調整などを行う。実はなかなか格好いい、おいしい役回りである。
これで、全員が一丸となって文化祭ライブに立ち向かうということになった。
文化祭のステージでは、時間的に三曲演奏するのが限界ということだった。うち一曲はインストの「ナイト・バード」、もう一曲も簡単な歌詞がついたYMOの曲ということにして、がっつりボーカルが前に出るのは最後の一曲だけということになった。
「どんな曲でも頑張って弾きますよ、先輩方が真剣に歌ってくださるなら、ね」
実紅ちゃんがにっこりと、すごく微笑みながら言ってくれて、ここはボーカルの二人としても真面目に選曲を考えざるを得なかった。
受けを狙うなら、ここは一曲くらい最近のヒット曲を入れたい。しかし、ただのアイドルソングや歌謡曲では、パソコン部ならではの差別化ができない。
シンセを生かすなら、ここはやはり、「TM NETWORK」だろう。アニメのエンディングに使われた「GET WILD」がオリコンチャートの10位以内に入り、知名度も一気に上がっている。今やるなら、これしかない。
ちょうど直子さんが遊びに来てくれたので、順たちは選曲について相談してみた。TMのことなら、この人に聴くに限る。
「いいね、いいね! 賛成」
とTMファンの直子さんは当然喜んでくれた。
検討の結果、「GET WILD」の前に出たシングル曲で、TMがブレイクするきっかけになった「SELF CONTROL」で行こうということになった。
この曲なら、順も耳にしたことがある。イントロのリフからもうシンセサウンド全開、曲調もキャッチ―で盛り上がりそうな曲だ。しかも、意外に構成がシンプルで演奏に向いているのだという。
「わたしも練習に付き合うね、実紅ちゃん」
と直子さんは言ってくれた。それも、わざわざ自分のミニキーボードを持ち込んで、実紅ちゃんと一緒に演奏してくれるという熱の入れようだ。
「やる気はあるんだが、しかしこんな格好いい曲、俺なんかに歌えるのかな……」
直子さんたちのいないところで弱音を吐く西郷副部長だったが、もう後には退けない。
「お前はいいよな、太川。サビで曲名繰り返すだけでいいんだから」
著作権の関係で歌詞をここに書くわけにはいかないが、そういう構成の歌なのである。
「でも、当日は朱美さんも来てくれるんだろ? メイン・ボーカルで格好いいところ見せるチャンスじゃないか」
順は西郷をおだてにかかる。多分、これが一番効くはずだ。
「まあ、な」
途端に西郷は、生気を取り戻した。例の鉄アレイプレゼント事件などもあり、彼女との関係が微妙な局面を迎えているようで、このところデート自慢的発言が急減している。西郷としても、挽回のきっかけが必要なようだった。
曲も決まったし、あとは練習あるのみだ。ここでまたいい加減な歌を披露したりしたら、今度こそ実紅ちゃんに顔向けできない。
音量を調節して、ヘッドホンでも練習できるシンセと違い、部室で大声で歌うのは周囲に迷惑すぎるから、柔道の稽古帰りの西郷と順は何度かカラオケボックスに出かけて、そこで特訓をした。
同じ曲を繰り返し歌うわけだから、西郷だけではなく順も歌詞を覚えてしまった。カラオケの映像も何度も見ることになって、赤いスポーツカーが夜の高速を走るサビの場面が、夢にまで出てくるようになったほどだった。
こうして真面目に練習したおかげで、西郷は若干ロックシンガーっぽく歌えるようになった。サビのフレーズを繰り返すだけの順も、原曲に似せたシンセっぽい声で歌う、などという技を無駄にマスターしていた。
「これで、文化祭ステージの準備は完璧だな」
キーが上がる、最後のサビの繰り返しを見事に高音で歌い切ることができるようになった西郷は、得意げな顔をした。もっさりした四角い顔までもが、今や若干シャープになったようにも見える。
「しかしだな、それはいいんだが、俺の展示の準備が全く進んでいないのはどうしたもんだろうか……?」
そうだった。色々エピソードがありすぎてみんなすっかり忘れているが、西郷も何かパソコンで作って展示する、そのつもりだったはずなのだ。
「何を作るかは考えたのか?」
「実はこの前、朱美さんの家で二人でトランプをして遊んだんだがな」
唐突に西郷は彼女自慢を始めた。何だ、やっぱり仲がいいんじゃないか。
「途中でお互い本気の勝負になってきて、最後はケンカ別れで終わったんだが……いやまあ、それはいい。で、PC‐6001でトランプの『大富豪』を作れないかと思ったんだ。これなら簡単じゃないか?」
なるほど、そういうことかと順は納得した。トランプのゲームというのは、割とよく見かける、が。
「初めて作るゲームのプログラムで『大富豪』ってのは、ルールの判定とか案外難しいかも知れないなあ。カードを使うゲームってのは確かにいいと思うけど、もうちょっとルールの簡単なのを選ぶほうがいいんじゃないか」
「そうか、そういうもんか」
西郷は感心してうなずいた。
「しかしお前、いつの間にかパソコン部らしくなってきたな」
「そりゃ、部長だからな」
カラオケボックスの天井でくるくる回る安物のミラーボールの下、順は胸を張った。
こうして、いよいよ北高校パソコン部は、一大イベントである文化祭に向かって全速前進モードに入った。
部員たった四人の弱小新設パソコン部にとって、それは初めてにして最大の挑戦となるはずだった。
(第四章「秋の祭典」に続く)
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