#45 鈴木部長のアドバイス、途に倒れる城崎前副部長

 高校生の男女が集まってビーチで過ごす、絵に描いたような夏の一日。それはあり得ないくらいに輝かしい思い出として、みんなの記憶に一生残ることだろう。

 しかし順としては、

「ここに葵ちゃんもいれば……」

 と少しだけ淋しく感じる気持ちを抑えられずにいた。実に見上げた片思いっぷりではある。

 だがもちろん、暗い部室に沈没しかけていた気持ちはすっかり浮上している。今は湖の波間を藻と一緒に心地よく漂っている感じだった。そりゃそうだ、こんな状況で落ち込んでいられる奴はいない。

 西郷は楽しくデート中なのだろうが、もうそれも気にならなかった。


「これで明日から、また頑張って練習できます」

 砂浜の向こうできらきらと輝く湖面を、赤いフレームの眼鏡越しに見つめながら、実紅ちゃんがつぶやく。

「練習って?」

 隣の鈴木部長が訊ねる。見るからに常識人っぽいこの人には、ちゃんと付き合っている彼女がいるようで、女子高生とも普通に話せるようだった。前の智野部長も部室のクリスマスパーティーに彼女を連れてきていたし、順も同じパソコン部長として負けてはいられないところだ。


「実紅ちゃ……鞍馬口さんは直子さんの妹子でしでして、シンセキーボードを弾かはるんですわ」

 横山くんが、若干ぎこちない口調で解説する。女の子を「ちゃん」付けで呼ぶのは恥ずかしくてきついらしい。

「へえ、すごいね。直子のやつも嬉しいだろうな。うちの部には、跡を継ぐ音楽要員がいないもんなあ」

 そんなことを言って感心している鈴木部長の横で、順は少しだけ冷や冷やしている。文化祭ライブのことは、直前まで南高校側には隠しておくことになっている。


「そういえば、鈴木部長さんは、去年の『ベスト・プログラマー賞』を受賞されて、しかも作品が市販されたのですよね? 僕も受賞を目指しているのですが、何かアドバイスはありますでしょうか?」

 一関くんが、すかさず話題を変えた。というか、本当にアドバイスを聞きたいのかも知れないが。

「うーん、そうだなあ。僕の『ティラトス』は、プログラム的には大したことないんだ。たまたま、アイディアが良かったんだろうね。シンプルだけどずっと遊んでいられるパズルゲーム、っていうところがね」

 謙虚なその言葉を、隣に座った南高校の一年生部員が目を輝かせて聞いている。大変な成果を上げた、尊敬する部長のありがたい言葉なのだ。こういうカリスマ性みたいなのも、今の順ではまだまだ及ばないところだ。


「やっぱりさ、部のみんなで競い合う環境が良かったんだと思うよ。特に智野さん、前の部長と僕とは、『マイコン・マガジン』への掲載数を競争したりしてたからね。太川くんのおかげで、今度は南北両校で競い合えるわけだから、ますます楽しみになるね」

 鈴木部長のその言葉に、今度は順のほうが感激してしまった。そうだ、負けてはいられない。

「ありがとうございます。鈴木部長もこんな風に言ってくれてるし、頑張ろうよ、一関くん、実紅ちゃん」

 彼のその言葉に、両部員はしっかりとうなずいてくれた。部員数は少ないが、こちらは少数精鋭だ。その様子に、横山くんが何だかうらやましそうな顔をしている。隣の山岡先輩は相変わらず実紅ちゃんから顔を背けつつ、しかし視線は彼女のほうに引き寄せられる、という煩悩との闘いを続けていた。


 陽も少し傾きはじめ、そろそろ撤収しようということで、みんなビーチから引き揚げて着替えを始めた。

 最後に実紅ちゃんが、女子更衣室のよしずの向こうから出てきたその時。駅へと続く田んぼの中の道を、一人の男がよろよろと走りながら近づいてくるのが見えた。

「あれは……城崎さん、ついにここにたどり着いたか」

 鈴木部長が、鋭く目を細めてつぶやく。


 そう、髪を振り乱してこちらへ向かってくる長袖ワイシャツ姿のその人物は、間違いなく城崎前副部長だった。恐らくは、あちこちの水泳場を回って、ようやく彼らを探し当てたのであろう。

 しかし、すでに元のワンピース姿に戻った実紅ちゃんを視認するなり、城崎氏はばったりとみちに倒れこんだ。その懸命な努力に関わらず、ついに彼は実紅ちゃんのマーメイドモードを目にすることはできなかったのであった。

 まだまだ強い夏の陽に照らされて、アスファルトの上に横たわる城崎氏の姿は感動的……では全然なかった。なんともまあ醜い。ただ、そのすさまじいまでの妄執には、当の実紅ちゃんを除いた部員たち一同、感心することしきりであった。


(#46「西郷、悲しみの鉄アレイ」に続く)

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