#40 ナントカ武道会開催、副部長の悩み
「いいわね! ゲーム大会。なんて言っても、みんなで競い合うっていうのは青春の基本中の基本よね」
梅雨が明けて、いよいよ本格化した水泳部の活動の合間、パソコン部の部室に姿を現した里佳子先生は大歓迎の様子だった。何せ、競い合う若者たちの姿というものが大好きなのだ。それがゲームだって、同じことである。
「みんなでパソコンゲームにチャレンジして、スコアを競うってわけね。それも面白そうだけど、でもできたら、参加者同士が直接対決、みたいなのも見たいわね。ほら、ジャンプの『ナントカ武道会』みたいな」
そう言われて、順と西郷は思わず顔を見合わせた。そして一関くんの顔を見る。
確かに、参加者同士が闘うトーナメントみたいなことができれば、熱い展開になるのは間違いない。しかし、そんなゲームが作れるのだろうか?
「なるほど……。一対一の対戦バトルゲーム、ですか。それも面白いかも知れませんね」
一関くんは、何やら考え込んでいる様子だ。
彼の頭にあったのは、ちょうど間もなくゲームセンターで稼働開始となる、初代の「ストリートファイター」だった。雑誌の紹介記事で、彼はその内容を目にしていた。パソコンにコントローラーを二つつないで、プレイヤー同士で格闘戦を行う、まさに武道会のようなゲームが作れないかと彼は考えたのだった。
こうして、部員たちと先生のアイデアが合体して、ライブと並ぶ文化祭のもう一つの柱が決定することになった。
ライブの主役が実紅ちゃん、大会で使う主力のゲームを一関くんが開発し、順は未完成の「スペースガール・アオイ/2024」を完全版へと仕上げる。それぞれが秋の祭典に向かって準備を始める、そんな夏休みが始まった。
問題は西郷副部長だった。今のところ、パソコン部の運営みたいな役割ばかり任されているのだが、彼にしたってパソコンで何か作ってみたい。そのために、この部を作ることにしたのだ。
「しかし、何を作ったらいいか、なかなかいいアイデアがなあ……」
扇風機の風を浴びながら、旧型の「PC‐6001」の前に座った西郷副部長は天井を見上げる。プログラムの勉強は進んでいたが、実際にどんなものを作るのかはまた別の話だ。
「こんな暑さじゃ、何にも思いつかなくて当たり前だよ」
そう答えた順は、ワイシャツのボタンを半分以上外しただらけた姿で、椅子の背もたれにぐったりと体を預けていた。
今日の最高気温は35度近く、この夏でも一番のすさまじい猛暑だった。当たり前だが部室には冷房などないから、二人とも汗びっしょりだ。
「いいよなあ、プール。先生に頼んで、俺らも泳がせてもらえないもんかね」
西郷のその言葉に、順は窓の外に目を遣った。太陽に焼かれて砂漠のように乾ききったグラウンドのそばに、プールが見える。そこでは、里佳子先生率いる水泳部が練習を行っていて、水しぶきが上がる様子がいかにも涼しげだ。
しかし、彼の視線がついつい向かってしまうのは、プールサイドで待機中の水泳部員、葵ちゃんの姿だった。ブルーの競泳用水着に身を包んだ彼女の姿を、見るなというほうがそりゃ無理だ。万一気づかれてはまずい、せめて凝視はしないように、と繰り返し目をそらそうとする努力が虚しい。
「やっぱり、かわいい女子の絵とかが出てくるほうがいいのか?」
真剣な顔でそんなことを聞かれて、順は慌てて視線を邪な方角から室内へと戻した。
「いや、無理にグラフィックに頼ることはないんじゃないか? 文字表示だけのテキストベースでも、面白いゲームは作れるぞ」
初心者である西郷副部長が使うことになっているのは、旧型の入門機であるPC‐6001だ。順が初代の「アオイ」ちゃんを作ったのもこの機種だから、イラストを表示することも可能ではある。
ただ、高解像度モードを使うと白黒になってしまう、というのがやはり厳しい。女の子のイラストで勝負、みたいなことをやるには性能的にあんまり向いていない機種なのだった。
「文字だけか……。どうも面白くなりそうにないんだが」
西郷は首を傾げる。
しかし、現に昨年の南高校の文化祭では、地獄のように辛辣な「あいしょう うらない」を横山くんがこのPC‐6001で作っている。あれは100%、文字表示だけの作品だった。
「ふたりは もうすぐ わかれる」とか「このおとこ には ちかづくな」などと、呪われたような予言が続出で、横から見ている分には腹を抱えるくらいに面白かった。まあ、「面白い」の方向がちょっとおかしい気もするが。
「なるほどなあ。文字表示メインでも、来場者が楽しめるものは作れる、ってことだな? 要は、アイデア次第か」
「うむ。そういうことだな」
重々しくうなずきながらも、順の視線はついちらちらと、窓の外のプールへと向かってしまうのだった。
(#41「西郷副部長、ヒーローになる」に続く)
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