#39 文化祭、もう一つのメインイベント
音程に難のあることの判明した一関くんがメイン・ボーカル候補から外された今、「では、誰が歌うのか」という問題が浮上してきた。
「こうなったら、実力的にもわたしが歌うしかない、そう思うのだけど」
と里佳子先生は残念そうな顔をした。
「文化祭のステージには、先生は出ちゃだめなんだって。全学年の生徒全員、絶対私の『恋に落ちて』が聞きたかったはずなのに……」
確かにうまいのはうまいのだが、それにしても先生、大した自信ではある。
そうなると、部長の順か副部長の西郷ということになるのだが、二人とも歌など歌うのは全く乗り気でない。とりあえず、メイン・ボーカル問題は
仕方なく実紅ちゃんは、街の楽器店でも少し披露してくれた、「ナイト・バーズ」の練習を始めた。一部にコーラスは入るが基本はインスト曲だから、ボーカル不在でも問題なく練習可能だ。
こんな小さな町の文化祭ステージで、マンハッタンの夜景を連想させるようなおしゃれフュージョン曲のシンセ演奏というのは、なかなかにインパクトがあるはずだった。
さて、文化祭で披露するのはライブだけではない。基本的には部室での作品展示が、むしろメインということになる。
実紅ちゃんばかりが目立ち、今のところいいところなしの一関くんとしては、本来の活動であるはずのプログラミングの腕前で名誉挽回と行きたいところだった。
「どんな作品を展示すれば、我が部の人気につながるでしょうか?」
珍しく謙虚な姿勢で、彼は部長の順にそう訊ねた。
「そうだねえ」
と順は、去年の南高校の文化祭を思い出す。
まともな意味で一番人気だったのは、鈴木新部長が作ったパズルゲームで、これは「ベスト・プログラマー賞」を取った上に、ゲーム機に移植されて市販されたほどの作品だから、人気が出るのも当たり前だ。
智野前部長がその持てる技術をつぎ込んだ、高速画面表示のレースゲームも素晴らしい出来で、やはり順番待ちの列ができていた。この両作品は、レベル的に簡単には真似できそうにない。
別の意味で人気だったのは、師匠である山岡先輩の「美少女危機一髪」だ。しかし、下着姿の女の子が出てくるようなゲームを展示すれば、できたばかりの我がパソコン部を、それこそ一発で危機に陥れかねなかった。あれを文化祭で普通に展示できる南高校は、生徒の活動に相当に寛大なのだと思われる。うっかり真似してはまずい。
あとは、横山くんの不吉な占いとか、文科芸術庁の賞を取ったという風景画のCGとか、南高校パソコン部は実にバラエティーに富んだ展示を行っていた。さすが、と言うしかない。
「一関としては、何かやってみたい作品はあるのか?」
と西郷副部長が訊ねる。
「そうですね……せっかくのMSX2ですから、高速なアクションとかシューティングゲームを作るのに向いてると思うんですが。ただ、普通過ぎて面白みがないというか」
「そうだなあ、単にゲームを展示するだけだと、何か物足りない気がするな。その場で、一気に盛り上がるような要素があればいいんだが」
西郷は腕を組んで考え込む。
作品の出来さえよければ、ただゲームで遊んでもらうというだけでも人気は出るだろう。しかし、確かに物足りない。来場者みんなで盛り上がるとなると、やはり参加型のイベントが良いのではないか。そこで順は、一つの案を思い付いた。
「ゲーム大会、みたいなのをやってみたらどうだろう。来てもらった人に、うちが作ったゲームのスコアを競ってもらう、みたいな」
それが彼の提案だった。
「ああ、あれか。高橋名人とか、『ゲームセンターあらし』みたいなやつだ。それは熱いかもしれんな!」
懐かしい漫画の名前を出して、西郷は深くうなずく。その昔、ゲーム大会をテーマとした、人気漫画があったのだ。もっとも、その主人公はほとんど超能力のような技を連発して、ライバルや敵を蹴散らすのであったが。
最近では「高橋名人」という元祖プロゲーマーのような人が子供たちの間で大人気になっていた。昨年には、ゲーム名人同士が対決する映画が作られてヒットしたくらいで、「ゲーム大会」は今まさにトレンドに乗っているイベントだと言っても良かった。
「確かに、それは盛り上がりそうです。では、やはり、シューティングゲーム系でしょうか」
一関くんも乗り気のようだ。
なぜ「やはりシューティング」なのかと言うと、当時の「ゲーム大会」と言えば、連射勝負というイメージが一般的だったのだ。
「高橋名人」の売りとなる能力が、1秒間に16回もボタンを高速連打して弾を打ちまくる、というものだったために、そんなことになっていた。
「じゃあ、その方向で大会のアイデアを考えてみよう。一関くんは、さっそくプログラミングの準備に入ってくれ」
実紅ちゃんの演奏が流れる中、順が部長らしく指示を出し、一関くんが自信ありげにうなずく。西郷副部長の表情も前向きに明るい。文化祭展示の方向性が決まったことで、部室にも活気が出てきたようだった。
(#40「ナントカ武道会開催、副部長の悩み」に続く)
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