#37 県道沿いの最先端スポット
実紅ちゃんは試行錯誤の末にシンセの使い方を少しずつマスターして行って、様々な音色を作れるようになっていた。
そのシンセサウンドを駆使して、キーボードを華麗に弾きこなす彼女は、やはり普段のおとなしめな姿とはまるで違って見えた。その様子を、直子さんと西郷がにこやかにうなずきながら見守る。
アンプから流れる彼女の演奏は、部室の外にも漏れ聴こえていたから、あのスタイリッシュな曲は一体? と校内でも少しずつ注目を集めるようになってきたらしかった。
「職員室でも話題になってるわよ。わけのわからない新しい部活ができた、と思ったら部室からプロみたいな演奏聞こえてきた、って。あのパソコン部って一体なんなのかって、聞かれちゃった」
と部室に顔を出した里佳子先生は楽しそうに言った。土曜日の午後、ちょうど直子さんも来ていて、この二人は初めての顔合わせとなっていた。
「助っ人に来てくださってる直子先輩には悪いけど、それはそれ。南高校のパソコン部がびっくりしてひっくり返るようなライブを見せてね! わたしは水泳部のほうが忙しくて、あんまりお手伝いはできないけど」
「ええ……はい、頑張ります」
先生の過大な期待を一身に背負わされた実.紅ちゃんは、恥ずかしそうにそう答える。
「そのつもりです。任せてください」
一方の一関くんは、自信満々の様子で髪をかき上げた。
「こちらの文化祭でライブをやるっていうの、
ふふふ、と直子さんは笑った。
「直前に教えて、当日の演奏を見てもらって驚かせよう、って思ってて」
「いいわねえ、わかってるわね、直子先輩。そうそう、そうやってライバル同士で燃え盛りながら、さらに高みを目指していくのよ!」
先生は瞳を輝かせて、窓の向こうの空を指さした。残念ながら、つい先ほどから分厚い雲が急速に広がっていて、青空に燃え盛る太陽の姿はなかったが。
「ところで一関、何かちょっと歌ってみてくれよ。当日の選曲とか曲順をどうするか、実紅ちゃんの練習のためにも、決めなきゃならんだろう」
西郷副部長が、そんなことを言い出した。実紅ちゃんの実力の伸びはまあ順調として、メイン・ボーカルとなる一関くんの歌唱力は実際のところどんなものなのか、確認しておきたかったのだ。
「僕の実力に合わせてセットリストを考えてくださる、ということですね」
一関君は嬉し気な様子だ。
「じゃあ、今からみんなで『カラオケボックス』行ってみようか? そこで思い切り歌ってもらったらいいんじゃない、一関くんに」
水泳部で忙しいはずの里佳子先生のナイスな提案に、一同はおお、とどよめいた。学生だけでカラオケに行くのは校則の関係で微妙なのだが、引率の先生と一緒なら全く問題ない。みんな、そろって賛成だった。
先生に連れられたパソコン部員の一行は、市街地をちょっと外れた県道沿いにある、できたばかりのカラオケボックスへと向かった。それは文字通りの「ボックス」で、古い貨物コンテナを改造して個室にしたものが空き地に並んでいるという、実に殺風景な空間だった。敷地の入り口には、「SONG VOX GREEN CITY」というネオン文字が目立つ、立派なアーチが設置されている。これが、昭和の終わり近くにおける最先端のスタイルだった。
元はコンテナとはいえ、内部には派手なワインレッドのソファーなどが設置されていて、無理やりにゴージャス感が演出されている。全部で6人が入室すると、さすがに狭苦しい感じはするものの、そのタイト感がカラオケボックスの醍醐味だと言えないこともなかった。
「じゃあ、最初はわたしね。えーと」
と里佳子先生が真っ先に、曲のコードが載っている分厚い本をめくり始める。いやちょっと待て、まずは一関くんからだろとみんな思ったが、せっかく連れてきてくれた先生に、ここは花を持たせてあげることにした。
この店には、最新鋭の「ビデオディスク・カラオケ」というシステムが入っていて、映像と一緒にテレビ画面に流れる歌詞を見ながら歌うことができる。先生は素晴らしい歌唱力で、情感豊かに大ヒットドラマの主題歌を歌いあげた。さすがは教師だけに、英語パートもばっちりだ。普段の明るいキャラが一変して、まるで本当に道ならぬ恋に落ちているかのようだった。しかしこの人、何をやっても器用にさまになる。
続いてようやく一関くん、かと思えば、なぜか別の曲が流れはじめた。先生に対抗して、直子さんが一曲入れたのだ。マイクを持ったままの一関くんとしては、困惑気味の笑顔を浮かべるしかなかった。
(#38「レイニー・ブルー」に続く)
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