#31 新パソコン導入作戦

「おい、やった。やったぞ!」

 稽古を終えて部室に現れた西郷に、順は四人目の部員を獲得したことを報告した。

「そうか! ついにやったな!」

 とはじめは一緒に喜んでくれた西郷だったが、彼の話を聞くうちに複雑な顔をし始めた。

「話は分かったんだが、つまりは新型パソコンを買うっていうのが条件だよな?」

「そうなるな。まあ、エースになってくれそうだから、それくらいは」

「それはいいんだが、どうやってパソコンを買うんだよ」

「そりゃだって、部活に昇格したら予算が」

 そう言いかけて、ちょっと待てよと順は思った。まずは実紅ちゃんとの約束で、シンセキーボードを買わなければならない。一関くんには、導入した新型パソコンを新入生が優先して使ってくれていいと約束した。しかし、いくら予算がつくにしても、両方買えるものなのか?

「俺の見込みではシンセを買えば、その時点で予算は尽きるぞ」

 西郷の表情は厳しかった。またしても、何か策を考える必要が出てきてしまったのだった。


 こうなったら、またハンバーガーのビラ配りを頑張って、稼いだ金をつぎ込むか。もはやそれくらいしか打開策は思いつかなかった。

 高価なDXシリーズでなくても、もっと安く買えるシンセキーボードはないのだろうか。そう思った順は、直子さんに相談してみようと再び南高校へと自転車を走らせた。田んぼの中を一直線に伸びる農道には日陰がほとんどなく、五月晴れの強い日射しの下を突っ走ってきた彼は、たちまちに汗だくになった。


「へえ、すごい。ちゃんと、キーボードやる部員さんが見つかったんだね」

 彼の報告を聞いた直子先輩は、嬉しそうに微笑んでくれた。

「じゃあ、一度そちらの部室に行かなくちゃね、わたし」

「それはとても嬉しいんですけど……」

 と、順は新入部員たちとの約束の件について説明した。シンセキーボードと新たなパソコンを両方買わなければならなくなったが、予算が厳しいのだと。

「DXシリーズはやっぱり高くて……。もっと安い家庭用の電子キーボードもあるみたいですけど、どうなんでしょうか?」

「家庭用のポータトーンも悪くはないのだけど、その実紅ちゃんはちゃんとシンセをやりたいのよね? やっぱり家庭用は物足りなくなると思う」

 直子さんは否定的だった。

「それならいっそ、ヤマハのパソコンはどう? 専用のシンセユニットとキーボードをつなげば、割と良い音が出るよ」

 ヤマハのパソコン?! 思いもよらない提案に順が驚いていると、直子さんは「マイコン・マガジン」を持ってきてヤマハの広告を見せてくれた。

 見開きのページ一杯に、音楽演奏やワープロ利用のための様々な周辺機器が詳しく紹介されている。パソコン本体のほうが、扱いがずっと小さいくらいだ。実際に演奏用のキーボードをつないでいる写真も載っていた。


 パソコン自体はソニーやパナソニックなどの他のメーカーも採用している共通規格MSX2のものなので、ソフトなどの面で困ることはなさそうだった。

「DXには及ばないと思うけど、同じタイプの音源だし、同じようにパラメータとかアルゴリズム変えて音色もかなり自由に作れるみたい。シンセの入門用としては十分だと思うよ」

 やはり専門用語は良くわからないが、直子さんがそう言うならそれでよし。これで、話は決まった。


「ヤマハのMSXか……。今から買うんやったら、性能的に『604』か『CX7』やと思うけど、中信電気じゃ見たことないなあ」

 順たちの話を聞いていた横山くんが考え込む。彼はこの4月から「幹事長」という謎の新設の役職に就いていて、新入生たちのサポート役をしているらしかった。

「確か、『CX7』なら楽器店で取り扱いがあるはずなんやけど、直子さん見たことあります?」

「緑町のお店にはないわねえ、確かに。カタログは見た気がするけど。でも、もっと大きなお店にならあるかも知れないよ。聞いてみてあげようか?」

 と言ってくれた直子さんの好意に、またしても彼は甘えることにした。職員室の電話を借りて、県内で一番大きいという楽器店に問い合わせをしてもらう。


「はい、そうです。そのCX7です。……そうなんですか! それで、お値段は……。分かりました。ちよっとお待ち下さいね」

 直子さんは振り返った。

「一台だけ在庫あるみたい。シンセユニット内蔵のほうで、お値段も特価で9万円まで下げますって」

「買い、ですわ。その値段やったら」

 横山くんが断言する。定価は12万8000円、当時はまだ消費税はない。専用のキーボードとソフトをセットにしてこちらが3万円ということなので、全部合わせても本体の定価よりも安くなるわけだ。

 そういうわけで、楽器店に取り置きをお願いするということになった。またしても、南高校パソコン部に助けられたわけだ。


(#32「勢ぞろいした四人の部員」に続く)

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