#30 見た目はイケメン、第四の部員

 そんなある日、美少女バージョンのチラシを受け取った一人の男子学生が、彼に声を掛けてきた。長身で長髪、いかにも女子にモテそうな、ハンサム一年生である。パソコン部に入りそうなタイプには見えない。ところが、彼の質問の中身は意外なものだった。

「先輩、これってプロッタプリンタで印刷したんですよね?」

 何者だこいつ、と順は驚いた。見かけによらず、ずいぶん詳しそうではないか。

「部室にあるのでしょうか? このプリンターで印刷するところを、実際に見てみたいのですが」

 そう言われて、彼は焦った。残念ながら、プリンターは南高校での借り物だ。嘘をつくわけにもいかないから、うちの部室にはまだ二台の入門用パソコンしかないのだ、と順は正直に説明した。


「なるほど、できたばっかりの部活ってことなんですね。いやあ、北高校にこんな部活ができていたなんて、まったく迂闊でした」

 きれいに手入れのされた髪をかき上げて、一年生はフッと笑った。

 どうも妙な男なのだが、一度部室を見てみたいというので、とにかく連れて行くことにした。多少おかしな奴でも、今はそんな贅沢は言っていられない。どうしてもあと一人、部員が必要なのだ。


6001パピコンとmkⅡじゃないですか、いいですね。好きですよ、僕は」

 部室に足を踏み入れるなり、一年生は目を輝かせた。すでにmkⅡは立ち上げてあって、例の「スペースガール・アオイ/2024」も起動させてある。この前の事件以来、このタイトルを見るたびに重い気持ちになるのだが、今さら変えても後の祭りだ。

「この絵もいいですね。横160ドットで15色の性能を生かして、とても華やかだ」

 と、奴はやはりむやみに詳しい。

「素晴らしいですね。もしかするとこれは、太川先輩が?」

「まあ、ね」

 最初は妙な新入生だと思ったが、実はなかなかいい奴らしい。順はあっさりと見解を変えた。何と言っても、自分の作品をこんなにほめてくれてるんだから、いい奴に間違いない。


 話を聞いてみると、この前まで通っていた中学の時に入っていた科学部に一台だけ初期のパソコンが置いてあって、部員たちの一部グループでパソコン部的な活動をしていたらしかった。つまり順よりもパソコン歴は長い。この一年生、まさに将来有望な人材なのだった。

「すごいなあ。でも、本当に迂闊でしたよ。わが校に本格的なパソコン部などというものがあるのなら、ぜひ入部したかったのですが」

 一年生は、急に残念そうな顔になった。

「つい昨日、英語部への入部届を出してしまいました。It’s such a shame!」

「いやいやいや、兼部って手もあるから。他にもそうしてる部員がいるよ」

 彼はあわてて引き留めにかかった。せっかくの四人目の部員、ここで逃してなるものか。

「一つの部活に専念したいと思うんです、僕は。でも、せっかくパソコン部があるのが分かったのになあ……」

「それが実は、なんだけどね」

 こうなったらもう、実情をぶちまけてしまえと順は開き直った。そして、あと一人部員が入れば、このパソコン同好会は正式に部活に昇格して、新しいパソコンが買えるのだと正直に話した。

「なるほど、なるほど。僕はキーパーソンというわけですね」

 フフフ、と一年生は笑った。

「中学の時も、正規のパソコン部じゃないのを残念に思ったものです。協力しましょう。英語部は辞退してきます。ただ、一つだけわがままを言わせていただいて良いですか?」

 彼が持ち出したのは、要するには交換条件というやつだった。新しいパソコンが入ったら、ぜひ自分が使わせて欲しいというのだ。厚かましい話だが、部員が入らなければそもそも新型機も来ないのだ。

 少し考えてから、順は答えを出した。

「いいだろう。ただ、君一人だけ優先というわけにはいかないな。新型機は、他の新入部員にも使ってもらうよ。僕ら上級生は、元々の機材で十分だから」

 彼としてはmkⅡが使えればそれでいいのだし、西郷はそんなことにはこだわらないだろう。

 しかし、実紅ちゃんはそうはいかない。あくまでシンセキーボードがメインだろうが、プログラムの勉強だってやってみたくなるかも知れない。

 それなら、新機材は新入部員に、ということにしてしまったほうが公平だ。先輩部員ほど良い機材を使える、という南高校パソコン部とは逆になるが、これがうちのやり方ということでいい。


「つまり、新型機は僕ら新入部員みんなに譲っていただける、ということなのですね。素晴らしい先輩方に恵まれて、ありがたいことです」

 彼の出した条件で、一年生は快諾した。

「その代わりに、君の知識を存分に使って、傑作を作ってくれよ。ベスト・プログラマー賞を目指すつもりだからね、うちの部は」

「素晴らしい目標ですね。ご期待に添えるように、頑張ります」

 一年生は、優雅に一礼した。

「ところで、君の名前は? まだ聞いてなかったよね」

一関涼真いちのせきりょうま、と申します。よろしくお願いします」

 一関くんはそう言って、入部届にさらさらとその名をサインした。


(#31「新パソコン導入作戦」に続く)

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