#28 やむなく出動、順の「mkⅡ」
「うーん、それは無理ね」
前借りでいいから、なんとか予算がつかないか、という順たちの相談に浜辺里佳子先生は困り顔でNGを出した。
コンピューター音楽でも南高校には負けていられないので、といういつもの決めゼリフも今回ばかりは効かなかった。
「まずは部員を四人、これが最低条件って言われてるのよ。部室を先に用意したのだって、学校としては特別扱いなのよ?」
なんとしてでも、あと一人は部員を確保しなければ、せっかく来てくれた
そもそも、直子さんが来てくれることに舞い上がった順が、「やっぱり時代はシンセ音楽だ」と言い出した辺りから、軌道がおかしくなりかけている。
おかげで実紅ちゃんが来てくれることになったのだから、シンセ路線が必ずしも間違いだったわけではない。しかし、ここはあくまでパソコン部なのだ。音楽のことばかりを前面に打ち出していくのは無理がある。
「やはり、原点に帰るべきだろう。部員獲得のためには、パソコンの面白さを見学者にちゃんと伝えていく必要があるはずだ」
と西郷は言った。まことにもっともだ。
「ただ、このパソコン一台だけでは、どうしても魅力が伝わりにくいのも事実だ」
残念そうな顔で、西郷はPC‐6001のほうを振り返った。せっかく南高校から提供してもらった大事な主力機だが、たった一台の旧型入門機では、部活動をアピールするには弱い。
「うちの『mkⅡ』を投入しするしかない、そういうことだな」
順はうなずいた。ここまで来たら、手持ちの札を出し惜しみしている場合ではない。もはや、総力戦である。
「すまないが、頼めるか。ほら、『宇宙ガール』だったか、あの画面の絵は俺が見てもすごいと思ったからな。やはりああいうのが欲しいんだ」
彼が言うのは順の作ったアドベンチャーゲーム、「スペースガール/2024」のことだった。西郷が家に遊びに来た時、デモンストレーションしてみせたゲームだ。
「mkⅡ」の性能をフルに発揮して描いたタイトル画面は、旧型の「PC‐6001」の画面に比べてずっとカラフルで見栄えのするものだった。西郷がパソコン部の設立に参加する、そのきっかけになった作品だと言ってもよいほどだ。
つまりは一般受けするような、キラーコンテンツにあたる作品、それが必要だというのが西郷の意見なのだった。
「『スペースガール』なら、あれからかなり開発が進んでる。まだ未完成だけど、ちゃんと展示できるレベルにまでは仕上げておくよ」
そう言って、順は自信ありげにうなずいた。ここは、期待に答えなければなるまい。
「おお、そうか! 楽しみにしてるぞ」
彼の力強い返事に、西郷も目を輝かせるのだった。
家に帰った順は、さっそく自室の「mkⅡ」の電源を入れて、作りかけのプログラムをメディアからロードした。データレコーダから信号音が鳴り響くのを待つこと数分、
画面に姿を現したのは、未来都市の夜景の前でポーズを取る女の子のイラストだ。タイトルは「スペースガール・アオイ/2024」とある。それは西郷に見せた「スペースガール」の進化系、「アオイ」ちゃんを主役に抜擢することによって内容を全面的にリニューアルした新たなゲームだった。
ゲーム内容は、2024年の未来都市で、記憶を失った女の子「アオイ」と出会った主人公が、彼女の過去を探るべく一緒に冒険をするというものだった。
基本はやはり会話がメインで、そこは旧型機バージョンの「アオイ」ちゃんと同じなのだが、うまく会話を続けてフラグが立てば段々仲が良くなり、ついに恋人同士になった時点で記憶がよみがえる、という要素が追加されていた。
あの時、この「スペースガール」の初期バージョンを見た西郷が言った、「展開によって、この女の子と仲良くなれたり、険悪になったりしてな」というアイデアが、そのままベースになっていた。
受け答えができるというだけではゲームとして成立しない、という問題をこれでクリアできたわけだ。
実際はまだまだ未完成なのだが、見学者に軽く遊んでもらえるくらいのレベルに仕上げることなら充分可能だ。ちょうど明日からゴールデンウイークの連休ということもあって、彼は夜を徹して作業を行った。
(#29「予想外のアクシデント、全身瞬間冷凍」に続く)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます