#27 待望の新入部員と、たちこめる暗雲

 1コーラス半で曲は終わったが、彼女は何か言いたげな顔のまま、でも黙っている。

「……いかがだったでしょうか。あの、今日はただ、演奏だけ楽しんで行ってくださいね。『パソコン部』の名前だけでも、そういう部活があるんだって覚えてもらえれば、それでもう」

 反応の鈍さに自信をなくしかけた順がしどろもどろになりながらそう言いかけたとき、鞍馬口さんは驚いたような顔になった。つぶらな瞳が丸くなる。

「ここ、パソコン部、なんですか。だって、表に『軽音部』って……」


 西郷と順は、あっと声を上げて廊下に飛び出した。ドアのそばの黒い表札が「軽音部」という文字に戻っていた。応急で「パソコン部」と印刷した紙で覆ってあったはずなのが、何かの拍子に取れてしまっていたらしい。

「そういうことだったんですね。楽器もなしで突然コンピューターの演奏が始まったので、何て言っていいのかと……」

 平謝りする二人に、彼女は初めて笑顔を見せた。

「あの、それで軽音部というのは」

「それがね、かなり前に廃部になっちゃったみたいでね。ここが空き部屋になってたから、僕らが使わせてもらうことになったってわけだ」

 西郷が説明すると、鞍馬口さんはひどくがっかりしたような表情になった。


「でも、軽音部が駄目ならギター部ってのもあるよ。そっちに見学行ってみたら?」

 落ち込んだ様子を見かねた順は、思わず他の部活の名前を口に出した。彼女に勘違いをさせてしまったのは、こちらの責任だ。この際、パソコン部への勧誘など二の次だった。

「わたし、電子オルガンとかキーボード弾くんです。だから、ギター部はちょっと……」

 まさに、求めていた人材だった。もしも入部してもらえれば、どれほどありがたいだろう。こんな流れで来てもらったのでなければ……。


「ぜひ、入部してください」の一言が言えずに苦悩する順。その目の前で、西郷が力強くとんでもないことを言い出した。

「作ったばかりの部活なんですけどね、このパソコン部は。これから、コンピューター音楽にも力を入れて行こうと思ってるわけですよ」

 とチラシを見せる。ここまでは良い。

「で、近いうちにシンセキーボードを一台、導入予定なんですよ。一応、ヤマハのDXシリーズをね」

 ちょっと待てや、と順は叫びそうになった。そんな予定も金もないぞ。


「あ、いいですね、DX」

 しかし、急に明るくなった鞍馬口さんの顔を見ていると、何も言えなくなった。西郷のことだ、何か策があるのだろう。

「じゃあ、キーボードアンプはそのために?」

 彼女が指さした床の片隅には、軽音部の置き土産である「YAMAHA」と書かれた謎のスピーカーが置かれていた。これはキーボードアンプというものらしい。良くわからないなりに、何だか高そうだからときれいに拭いておいたのが幸いだった。


「その通りです」

 西郷はうなずいた。この機械が何なのか、こいつも知らなかったはずだが。

「DXのエレピ、透明感が好きで」

「いいよねえ、あれは透明感がある!」

 意味も分からずに激しく同意して見せる西郷。やはり、ある意味大したものだ。

「この際、何かの縁だから。入部、じゃなくてもいいから、試しに弾きに来てよ」

「でも、それじゃ部員さんたちに悪いです」

 と言うことは、弾きに来たいということなのだった。

 大丈夫大丈夫、部員なんか誰もいないから、と言ってあげたいところだったが、そんな不気味なことを言われたら、逆に警戒されるのは間違いない。


「じゃあ、仮入部ってことでどうだろう。うちのことは気にせず、他の音楽系の部活に入ってくれて全然いいぞ」

「それいいですね。じゃあ、そうします」

 彼女はあっさりうなずいて、入部届に「鞍馬口くらまぐち実紅みく」とサインしてくれた。こうして、あくまで(仮)ながら部員第三号を確保することに成功したのだった。

「『成功したのだった』じゃないよ。肝心の、そのシンセをどうするんだよ」

 鞍馬口さんが帰ったあと、順は西郷に激しく詰め寄った。

「うむ。……どうしようか?」

 なんと、ノーアイデアだったらしい。急に弱気になる西郷と順の頭上に、新たな暗雲が立ち込め始めていた。


(#28「やむなく出動、順の『mkⅡ』」に続く)

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