#26 部員争奪戦、うっかりやってきた一年生女子
そして、新学期がやってきた。
新生「北高校パソコン同好会」がついに、本格的に表に出て活動する時が訪れたのだ。
クラス替えの結果、順と西郷は再び同じクラスとなっていた。活動には好都合だと西郷は喜んだが、順は密かにもっと喜んでいた。葵ちゃんもまた、同じクラスだったからだ。
だからと言ってどうなるものでもないが、やはりそばにいられるのは嬉しかった。
部活に注ぎこむ情熱までが、さらにパワーアップした気がしたほどだった。
入学式の帰り道、校門へと向かう新入生たちを自分たちの部活に引きずり込むべく、運動部と文科部が入り乱れて勧誘戦を繰り広げる。
順と西郷も、そんな
何せ、二人ともビラ配りについては「セントレオ・ハンバーガー」のバイトで鍛えたプロである。一切臆することなく、「パソコン同好会です! 新時代の部活です!」と声を張って、笑顔を浮かべて新入生たちにチラシを手渡していく。
その様子に、むしろ他の部活の部員たちが驚いた。「パソコン同好会」なんて聞いたことがない。なんだこいつらは。
少なくともチラシの配布数では、彼らは他の部活を圧倒することに成功したのだった。
しかし、現実は甘くはなかった。
配ったチラシの母数が多く、パソコンで作ったことによるインパクトもあって、部室を見学に来てくれる新入生や、謎の新設同好会をのぞきに来る在校生の数は、決して少なくはなかった。だが、肝心のパソコンが、長机の上に乗った旧型機一台というのでは、圧倒的にインパクトに欠けている。
直子さんが作ったプログラムを使って音楽演奏のデモンストレーションを行ってみたりもしたが、「あ、ルパンの曲だ」みたいな反応はあったものの、それで入部とまではならない。
そういうわけで、予想外に勧誘に苦戦する結果になってしまったのだった。
「何とか、二人だけでも入ってもらわんとなあ……」
西日の射し込む部室で、パイプ椅子に座って腕組みした西郷が厳しい表情を浮かべる。新学期スタートから二週間、段々見学者も減ってきていた。
土曜日の午後、他の部活は新入部員を交えて活動に励んでいることだろう。それに対してこちらは、部員が四人以上揃わないと、目標だった同好会からの格上げさえ実現しないのだ。
「こうなったら、またチラシ配るしかないね。南高校行って、追加で印刷してくるよ」
「そうするしかないが……」
西郷の顔は暗い。いくら得意のチラシ配りで宣伝だけ頑張っても、このままではその先につながりそうにない。知名度ばかり上がっても仕方ないのだ。
二人は気づいていなかった。ちょうどその時、部室のドアがいかにもおずおずと、少しずつ開いていたということに。
「……あの」
ふいに小さな声をかけられて、順たちは驚いて振り返った。半分だけ開いたドアから、赤いフレームの眼鏡をかけた女子生徒が顔をのぞかせている。
「見学ですか?」
陰気な顔をあわてて愛想良くとりつくろって、西郷はドアの前にすっ飛んでいく。
「ここって、音楽を?」
と彼女は短く質問する。
「そう! そうなんですよ。良かったら、演奏だけでも聴いて行って下さい」
「じゃあ、ちょっとだけ」
彼女はうなずいて、ドアの残りを開いた。
小柄でおとなしそうな感じの、一年生の女の子だった。サイドポニーでまとめて流した長い髪が、まだ新しい制服によく似合っている。名前は鞍馬口さんというらしかった。
部室の真ん中を占拠する、古びた木製のテーブルの前に座ってもらい、西郷がお茶と最終おもてなし兵器のゴーフルを出した。今や貴重になりつつある見学者、それも女子生徒である。
その間に、PC‐6001の前にスタンバイした順が、演奏用のプログラムをデータレコーダからロードする。
どんな曲がいいか分からないので、とりあえず「安全地帯」の昨年のヒット曲を選んでおいた。これならまさに安全だろう。
「それでは、一曲めです。『悲しみにさよなら』。お聴き下さい」
順の紹介で始まったシンセサイザーの演奏を、鞍馬口さんは神妙な顔で聴いていた。これも直子さんから提供してもらったものだがら、出来映えは悪くないはずだった。同時にたった3音しか出せない非力なパソコンから、そこそこ壮大な演奏が流れてくる。少なくとも、彼の耳にはそう聞こえていた。
(#27「待望の新入部員と、たちこめる暗雲」に続く)
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