#25 目当てはむしろ、直子先輩
「うーん、でも直子先輩みたいな演奏ができる人がいないと、僕らだけじゃ……」
と順はためらう。コンピューター音楽などという最先端ものを活動に取り入れられれば、それはすごい。しかし、彼も西郷も音楽に関してはド素人以下、どう考えても無理だろう。
「そんなことないよ。キーボードなんてちょっと練習すればすぐに私くらい余裕だよ」
いやいやいや、そんなわけがない。直子さんのあの演奏は、ちょっと練習した程度でどうにかなるレベルではない。
「それに、楽器弾けなくたって大丈夫だもん、パソコンで音楽やるんなら。プログラム作ればいいんだから」
それはまあ、確かだった。「MML」という専用のプログラム命令を使えば、パソコンに演奏をさせるの自体はそんなに難しくはない。直子さんも、最初はその勉強のためにパソコン部に入ったのだと聞いている。
「マイコン・マガジン」の誌上でも、人気ライターによるコンピューターミュージックの記事が必ず掲載されていた。最新のパソコンには、ミュージシャンが使っているのに近い、本格的なシンセ機能が搭載されている。
プログラムの内容的には、レコードが発売されるなどして非常に盛り上がりつつあった、ゲームミュージックを演奏するというものが多かったが。
「じゃあ、もしコンピューター音楽やりたいって言う新入部員が入ったら、直子先輩が教えに来てくれたり……しませんよね」
自分で言い出したのに、彼は急に緊張で口ごもってしまった。こんなかわいい先輩が応援に来てくれるなんて、そんなラッキーすぎる話があるはずがない。
「いいよ! もちろん」
屈託なく、直子さんは笑顔になった。
「その代わり、頑張って部員集めてね!」
部室の窓から見える満開の桜みたいな、それは明るく華やかな微笑みだった。
「なんだ、二つも作ったのか」
西郷が不思議そうな顔で、二種類の勧誘用チラシを見比べる。
1つ目はもちろんあの美少女イラスト、そして新たにもう一種類。
初期のYMOが使っていたらしいアナログシンセをイメージしたイラストの上に、「キミもコンピューターミュージックを体験してみない?」という文字がある、別バージョンのチラシが出来上がっていた。
正直ダサさは否めないが、そもそも音楽の世界に縁のない彼のセンスでは、これが精一杯といったところだった。
「これからは、コンピューター音楽の時代だからさ。そっちの路線も狙わないと」
もっともらしい顔で、順が解説する。とにかく、コンピューター音楽目当ての部員が入ってくれないと、直子さんに来てもらうことができない。
「それは分かるんだが……。このパソコンじゃ、ちょっと無理がある気がするがなあ。ヤマハのDXシリーズでも一台あればいいんだが……」
曇りがちの顔で、西郷は「PC‐6001」を振り返る。
ヤマハの「DX」シリーズといえば、直子さんも使っていたシンセキーボードである。特に元祖の「DX7」は、二十万円台という手頃な価格で手に入るデジタルシンセということで、まさに一世を風靡した超人気機種だった。有名アーティストもこぞって使っていて、この時代の曲を聴くとかなりの確率でその音を耳にすることができる。
しかし手頃とは言っても、廉価版の機種でも十万円はするらしくて、そんなもの買えるはずもない。そもそも、部活の主役であるパソコンさえ、この南高校のお古一台だけしかないのだ。
旧型とはいえ、ゲームのBGMくらいは演奏できる簡易な
ずっと未来にはこういう「8bitっぽい音」がクールだともてはやされるようになるくらいだから、工夫すればそれなりに格好のいい演奏だって不可能ではないはずだった。
実際、直子さんのプログラムした山下達郎やサザンの曲は、シンプルな電子音にも関わらずちゃんと聴けるレベルになっている。
「まあ、その直子先輩に助けてもらえば、何とかなるかもしれん。部員を集めるには、確かに有効な戦略だしな」
西郷も、順の主張に同意した。
「そうそう。直子さんがいれば何とかなるって」
順は力強くうなずく。彼の脳内では、直子さんと過ごす明るく楽しい部活の妄想が、勝手に膨らみ始めていた。
(#26「部員争奪戦、うっかりやってきた一年生女子」に続く)
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