#23 準備開始、部員募集へ向けて

 すっかり片付いた部室の真ん中で、古びた木製のテーブルをみんなで囲んでチョコパイを食べた。バレンタインを実感させるその甘さが、疲れ果てた南高校生三人にとっては最高の癒やしなのであった。


「しかしだね、器だけがこうして整っても、なんの意味もないわけでね」

 西郷が運んできてくれたグラスに入ったコーラを飲みながら、城崎副部長がまた偉そうに言った。

「と、おっしゃいますと?」

 白々しく神妙な顔をして、西郷が訊ねる。

「分からないのか? 部員だよ。たった二人しかいないんじゃ、話にもならない」

「何か、部員をたくさん集めるための、良い作戦がありますでしょうか?」

 あくまで低姿勢に徹したまま、西郷はさらに訊ねる。

「そんなのは、活動内容次第だね。あと、先輩部員に魅力があるかどうかも大事だな」

 あちこち埃だらけで蜘蛛の巣まで残る長髪をかき上げながら、副部長はそう答えた。「自分のように」魅力のある先輩でないと駄目だと言いたいわけだろう。


「例えば、副部長さんが勧誘を手伝ってくださったりしたら、部員はたくさん集まるということでしょうか?」

 西郷がおかしなことを言い始めた。また何か謀略を考えているらしい。

「ははは、そんな簡単な話じゃないさ。しかし、多少は足を止めてくれる女子生徒もいるだろうがね、我々が勧誘に乗り出したならば」

 なんで女子生徒限定なのかは知らないが、城崎副部長はやはり自信満々の様子である。その顔を、山岡先輩と横山くんがすごい顔でにらむ。部員集めまで手伝わされてはたまったものではない。


「あ、いや、部員集めは僕らで頑張りますから。そこまで甘えられませんので」

 順は慌てて断った。こんな人に来てもらっても、部員集めにプラスになることは絶対にない。それに、山岡先輩と横山くんをこれ以上こき使うようなことをしたら、南高校パソコン部と険悪なことになりかねなかった。それにしても、西郷の策略にあっさり引っかかりすぎだ、城崎副部長。

「……そうかね。いつでも頼んでくれていいんだが」

 副部長は何だか残念そうだ。よほど北高校の女子生徒と接触したかったのだろう。


「何だか、悪いことをした気がするんだけど」

 部室の大掃除終了後、職員室に顔を出した順たちに、里佳子先生はそう言って苦笑いした。

「そんなことないですよ。南高生のみなさん、先生からのバレンタイン・チョコパイに大喜びでしたから」

 西郷が、力強く言った。

「だから、悪い気がするのよ。あれってわたしが買ったわけでもないし。わざわざ着替えまでして、普段とキャラ変えて」

 先生はすでに清楚なスカート姿から、いつものジャージに戻っていた。

「バレンタインの思い出をプレゼントしたみたいなものですよ。北高校できれいな先生にチョコをもらった、っていう幻の思い出を」

「何か引っかかる言い方ね、それ……」

 先生は複雑な表情になった。


 新学期からの部員集めにあたっては、まずは彼と西郷がもっとも得意とする手段を試すことにした。つまり、バイトで鍛えられた、ビラ配りである。

 問題は、そのビラの中身だった。手書きで作ったものをただ配るのでは、パソコン部としての特別感が全く出ない。ここはやはり、山岡先輩にもらったあのチラシのように、パソコンで作ったものを配るべきだった。

 四色プリンターで描かれた、あの美少女につられていなかったら、順だってパソコンの世界に足を踏み入れることは無かったはずだ。効果があるのは間違いなかった。

「うん、それがいいな。パソコンで実際に何ができるか知ってもらわんと、人は集まらんだろうからな」

 西郷も、同じ意見だった。


 今のところ、新たにプリンターまで買う余力なんて、彼らには全くない。イラストそのもののデザインとプログラムは順が作るとしても、プリンターについては南高校パソコン部に貸してもらうしかなかった。やはり、良好な関係を維持しておくのは大事なことだったのだ。


(#24「直子先輩の提案、コンピューター音楽の時代」に続く)

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