#21 ようこそ、新しい部室へ

 こうしてついに機材もやって来たということで、続いては手に入れた「部室」の片付けを始める必要があった。

 元々は軽音楽部が使っていた部屋ということで、ドアのそばには今でも「軽音部」という黒い表札が出たままだ。なんでも、新入部員を獲得できずにそのまま消滅したらしい。

 全盛期にはかなりの部員がいたようで、南高校パソコン部の部室よりも、こちらのほうがずっと広かった。こんな部屋が、よく空いていたものだ。


 ただ、ずっと使われずに放置されていた部屋だけに、床には分厚い埃が積もっているし、室内のあらゆる場所に蜘蛛の巣が張っているしで、とてもじゃないがそのまま使えるような状態ではなかった。一歩部屋に踏み込むだけで蜘蛛の糸が顔にからみつき、足元からはもうもうと煙が立ち上るという始末で、まるで侵入者に対するトラップが仕掛けられているかのようだった。


「掃除は二人で頑張ってね」

 部室の鍵を開けてくれた里佳子先生は、そう言い残して軽く手を振り、じゃあねとあっさり去って行った。

「わたし別に顧問じゃないしね」

 と言ったわけではないが、その軽やかな足取りには、そんな気軽さが感じられた。まあ、その通りだから仕方がない。

 しかし、二人で片付けをするのも大変だ。そこで順は、一つの策を考えた。


 次の土曜日の午後、彼は山岡師匠と横山くんを、

「新しい部室がもらえたので、見に来てくれませんか? 少し手伝って欲しいこともあって」

 と誘った。二月十四日のその日はバレンタインデーだったりもするのだが、全員なんの関係もないのは言うまでもない。それは面白そうだと、山岡先輩たちは喜んでOKしてくれた。


 当日、西郷と並んで校門で待っていると、三台の自転車が姿を表した。

「よう、来たぞ」

「どうも、どうも。楽しみやなあ、新部室」

 山岡先輩と横山くんはにこやかに挨拶してくれたが、なぜか隣にもう一人、暗い顔をした南校生がいる。

 呼んでもいないのにやって来たのは、城崎副部長だった。受験で忙しい時期のはずなのに。

「北高校をぜひ見学してみたかったのだよ。ライバル校なのに、一度も中を見に来たことがなかったからね、この三年間。実はずっと興味があったのだ」

 と、まもなく高校生活を終える副部長は、感慨深げに言った。北高校を馬鹿にするような発言をしたこともあったこの人だが、ライバル校としてリスペクトするような姿勢を見せているのは、一応は気を使っているのだろうか。


「パソコン部員の西郷哲夫です。今日はお越しいただきありがとうございます」

 と今度は西郷が挨拶する。

「ああ、部員第一号の人だね。こちらこそよろしく」

 山岡先輩はまっとうな挨拶を返してくれたが、

「まあ、せいぜい頑張り給えよ」

 城崎副部長は西郷の顔も見ずに横柄に答えて、辺りをやたらときょろきょろ見ている。これがどういう人間かは前から聞いていたから、西郷も「はい、ども」と適当に頭を下げてみせた。


 それから南高校生三人を連れて、いよいよ部室へと向かう。廊下を歩きながら、副部長は相変わらず周囲を見回してばかりだった。そんなに我が校を見学したかったのか、と思った順だったが、すぐに真相に気づいた。副部長が熱心に観察しているのは、時々すれ違う女子生徒の様子なのだった。

「やはり、うちより良いぞ。スカーフもかわいい。すばらしい」

 とぶつぶつ言っているのは、どうやら制服のことらしい。「興味がある」というのはこれか。まったく見事なまでにどうしようもない人なのだった。

 でも、まあ良いやと順は思った。副部長にも、ちゃんとぴったりな役目があるのだ。


(#22「部室という名のトラップ」に続く)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る