#20 南からやってきた解決策
通常、同好会には「部室」はなくて、学食の片隅に集まってミーティングをしていたりというのが北高校での普通の扱いである。ところが、この新たな「パソコン同好会」に限っては、廃部になった部活の部室を使わせてもらえることになった。
パソコンを置いておく場所がなければ活動できないだろうという配慮があったのだが、その代わりに近い将来には必ず部員を集めて部活に昇格してもらう、というのが条件になっていた。いきなりプレッシャーをかけられることになったわけである。
「ごめんだけど、顧問の先生は無しね。手が空いてる先生がいないらしいのよ。しばらくはわたしが顧問の代わりをするけど、活動の方は二人に任せるわ」
と里佳子先生は言ったが、南高校のパソコン部にしても顧問は名ばかりで、部員たちが勝手に活動をしている状態だったから、ほぼ同じようなものだった。
問題は、活動用のパソコンの確保だった。同好会のままでは補助金までは下りないし、部員を集めて昇格しようにも肝心のパソコンが一台もないのでは人も来ないだろう。
「僕のmkⅡを持ってくるよ」
と順は言ったが、せっかく部屋にやってきたばかりの自分のパソコンを、いきなり部活に差し出すというのも淋しいものがあった。
解決策は、南の方角からやってきた。
いつも通りに南高校の部室に顔を出した順は、ついに北高校のパソコン同好会が始動することになった、と智野部長に報告したのだが、
「ただ、まだ学校からお金出ないんで、自分のパソコンを持ち込んでスタートすることになるんですよね」
と話す彼に、智野部長は思いがけない提案をしてくれた。
「新年度に向けて、新しいパソコンが一台入ることになったんだ。それで実は、太川くんたちが使ってたこいつが、退役することになるんだよ」
智野部長が指差したのは、すっかりおなじみになった初代の「PC‐6001」だった。
「予備機として保管するって話になってたんだが、これを北高校に譲渡するってことで、学校と話をしてみようか? 僕らとしても北高校の同好会スタートのお祝いをしたいしね」
それは実にタイムリーで、ありがたい話だった。「アオイ」ちゃんを開発した「PC‐6001」には、順としても思い入れがある。
「よろしくお願いします!」
彼は大喜びで、勢い良く頭を下げた。
わざわざ南高校パソコン部に通ってきている順の存在はすっかり有名になっていて、引退する旧式のバソコンを北高校へと譲渡する、という話には簡単にOKが出たようだった。
北高校も南高校も県立高校同士だから、備品の所管替えという手続きだけで、書面上の「PC‐6001」の譲渡は完了した。
あとは実機を運搬する必要があったが、小型の本体はともかく、ブラウン管式の専用モニターは自転車で運ぶには無理がある。
里佳子先生に相談してみたところ、
「わたしの愛車で運んであげるね!」
ということで、車を出してもらえることになった。
当日の夕方、勝手知ったる様子で南高校の校門から颯爽と乗り入れてきたのは、真っ赤なカローラ・レビンだった。ドリフト気味にタイヤを鳴らしながら、旧校舎の前に止まる。
後に「ハチロク」として伝説的な超人気車となるFRスポーティーカー、の低馬力廉価版である「AE85」というモデルで、先生のやたら元気なキャラクターに良く似合っていた。
「お、浜辺。お前いいのに乗ってるな!」
南高校側の立ち会いの先生が、その赤い「ハチゴー」を見てにやりと笑う。
「でしょう。本当は、ゴリ助先生みたいに
「お前、ゴリ助とか言ったらまた怒られるぞ、熊岡先生に」
「大丈夫、大丈夫。あいつすぐ帰るからこんな時間まで学校にいませんって」
里佳子先生はあははと笑う。どうもこの二人、かなり仲が良い知り合いらしい。
「あの、浜辺先生。先生ってもしかして、この南高校の……」
おずおずと訊ねる順に、
「そうなの。わたし、ここの卒業生なのよ」
先生は嬉しそうに教えてくれた。それで南北両校とも大好き、ということらしい。南高校の先生は苦笑いをしていて、どうやら里佳子先生、在学中から色々有名な生徒だったらしかった。
「PC‐6001」の一式を後部荷室に積んだカローラ・レビンは、今度はしずしずと慎重に校門から出て行った。精密機器を載せてドリフトかますような、無茶な運転はしなさそうだ。
ほっと胸をなでおろしながら、順は一人自転車に乗って家路についたのだった。
(#21「ようこそ、新しい部室へ」に続く)
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