#19 始動、緑町北高校・パソコン同好会

「うん、これは面白い。間違いない」

 色んなソフトを順番にパソコンにロードしては遊んでみた結果、西郷は最終結論を出した。

「俺もやってみたいなあ。自転車の金ができたら、今度はパソコンのためにバイトするか」

 西郷はすっかり本気のようだ。ならば、と彼は思った。

「実は、なんだけどさ」


 順は、北高校パソコン部創設の話を持ち出した。実のところ、最初の部員候補として考えていたのがこの西郷だった。柔道部との兼部が可能なのかという問題はあるが、きっと賛同してくれるはずだと予想していたのだ。

「そりゃあ、いいな!」

 そして西郷は、予想通りのリアクションを返してくれた。

「南高校にパソコン部があるんなら、うちにもあったって全くおかしくない。部活にしちまえば、学校の金でパソコンが買えるしな。ただ……」

 学校に正式な部活として認めてもらうためには、4人以上の部員が必要と決まっているはずだ、と西郷は言った。学園ものの設定でありがちなルールが、北高校には実際に存在していたのだ。


「ということは、部員を求めて色々奮闘しなきゃならない、ってことか」

「その通りだ。とりあえず、俺とお前以外に二人以上そろえなきゃいかん。同好会止まりでは、学校からの金は出んからな」

 とりあえず部員の頭数がそろったとしても、全くの新設となると、創部が必ず認められるとは限らない。しかし、

「その点については、俺に考えがある。大丈夫だ」

 という西郷の力強い言葉を、この際は信用することにした。


 こうしていよいよ、北高校パソコン部の創設という計画が、具体的に動き出した。

 まずは同好会としてのスタートに向けて、学校側との協議を始める必要があったが、その話を最初に持っていく相談相手については、順と西郷の意見は一致していた。


「パソコン同好会?!」

 そう言って驚いたような顔をしたのは、順たちのクラスの担任である浜辺里佳子先生だった。ベリーショートの髪に端正な顔立ちがタカラジェンヌ風で、男女両方の生徒に人気がある。いつもの赤いジャージ姿も何だかスポーティーで、格好良く見えた。

 冬休み明け、職員室に現れた順と西郷から突然に「同好会を作りたい」と相談された彼女だったが、その活動内容は思いもよらないものだった。パソコンの同好会? それってどんなことをやるの?


 里佳子先生自身は体育教師で、あの葵ちゃんも所属する水泳部の顧問、とにかく元気はつらつハイテンションの明るいキャラクターだった。その代わりというか、コンピューターとか数学っぽいことはいまいち苦手である。数年前の教育大の受験でも、共通一次試験の点数が足切りラインぎりぎりだったという苦い思い出がある。


「うーん、わたしは良くわからないんだけど、そういうのってみんなで集まって活動するようなものなの?」

 そこで、実はと西郷と順が説明を始めた。

 すでに緑町南高校にはパソコン部が存在し、部員たちが切磋琢磨してコンピューターの技術を磨くことによって、国のコンテストで入賞したりしているところなのだ、と。


「そうなのね」

 里佳子先生は感心したようにうなずいた。二人は箇条書き風に、さらに説明を続ける。

 今や高度情報化社会の到来は眼の前に迫っており、パソコンを使いこなす技術はその要である。

 我が緑町北高校においても、時代に遅れを取るわけにはいかない。

 いずれはパソコン部へ昇格することも視野に入れて、まずは同好会を作ることが急務である。

 とまあ、そんな感じの内容だった。


「南高校に負けてられないですよね、ライバル校であるうちとしても」

 西郷のその一言に、先生の瞳に火が点いた。

「もちろんよ。北と南の両校が熱く死闘を繰り広げる、これこそがあるべき緑町の姿だわ。ぜひ作るべきよ、その……パソコン? 部を」


 結局良く分かってはいないようだったが、とにかく里佳子先生は同好会設立に協力してくれることになった。

 この先生、南北両校が競い合うというシチュエーションが何よりも大好きなのだった。この夏の水泳部の対抗試合でも、頭上の太陽を凌ぐくらいの熱さで敵味方両方の部員たちを鼓舞激励し、最後は勢い余ってプールに転げ落ちたという。灼けた体が水中でジューと音を立てたとも噂されている。

 というわけで、「南高校に負けてられない」というキーワードを出せば、きっと乗り気になってくれるはず、と西郷は予想していたのだった。


 里佳子先生に限らず、北高校内では「南に対抗する」という一言は効き目があったらしい。

 順が作った、南高校パソコン部の活動状況を詳しく解説した資料も役に立ったようだった。もちろん、特別に「入部」させてもらっていたことは伏せてあったが。


 しかも、タイミングの良いことに、「ベスト・プログラマー賞」を受賞した南高校の鈴木創一先輩のところに、なんとNHKの支局が取材に来たらしく、これは北高校内でもかなり話題になっていた。

 なんだかよくわからんが、とにかくこのビッグウェーブに乗り遅れるのはまずい、そんな空気が追い風となって、同好会の設立はすぐに許可が降りることになったのだった。


(#20「南からやってきた解決策」に続く)

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