第二章 新パソコン部の鼓動
#18 採用、西郷のアイデア
高校が冬休みに入り、順と西郷は「セントレオ・ハンバーガー」でのビラ配りバイトに一日中専念できるようになった。
おかげで、前借りしていた給料分の仕事もたちまちクリアすることができて、大みそかの時点ではさらに追加の給料がもらえるまでになっていた。
別に正月だって働きますよ、くらいのつもりだったのだが、チーズインバーガーの百円キャンペーンは年内一杯ということで、ビラ配りもとりあえず終わり。
「また、よろしく頼むよ。お正月はゆっくり過ごしてね」
と店長が渡してくれた給料袋にはおまけでお年玉袋がついてきて、一日早いお年玉の千円が入っていた。
気前の良い話に二人は大喜びしたが、つまりは知らず知らずのうちに、彼らも空前の
猫を含む家族と一緒に紅白歌合戦を見て、年越しそばを食べてと、順は実に正統派な一年の締めくくりを済ませた。だが、日付が変わるその瞬間には彼は自室に戻り、「mkⅡ」の画面に浮かぶ「アオイ」ちゃんと一緒に年を越えることになった。
「あけまして おめでとう ことしもいっしょに いたいな」
という彼女の言葉に幸せをかみしめる順だったが、そのセリフもつまりは自分でプログラムしたものだった。ここから、誰でも楽しめるようなソフトへと発展させていくようなアイデアはまだ思いついていない。
冬休みの終わりごろ、西郷が家に遊びに来た。ぜひ見たいと言っていた順のパソコンを、実際に見学してもらうことになったのだ。そもそも西郷は、この「mkⅡ」を手に入れるに当たっての恩人のようなものだから、来てもらうのはもちろん大歓迎だ。ただ、「アオイ」ちゃんを見せるのはちょっと考えものだった。
「かわいいだろう、僕が作ったんだ」と自慢したい気持ちはあるのだが、名前を勝手にもらった河瀬葵ちゃんに知られるのはやはりまずい。気味悪がられるに決まっている。まあ、西郷が「アオイ=葵」ということに気づくかどうかは分からなかったが。
「ああ、これか!」
彼の部屋に入ってきた西郷は、「mkⅡ」の画面に目を輝かせた。結局、ちょうど現在試作中の「スペースガール/2024(仮)」という新作のゲームがあったので、そちらを起動しておいたのだった。
美少女のヒロインと一緒に未来の宇宙都市を冒険する、という感じのSFアドベンチャーゲーム(予定)なのだが、実はまだなんにも展開が決まっていない。
ただ、「アオイ」ちゃんを作った技術を転用したタイトル画面だけはしっかり完成していて、ヒロインのイラストがちゃんとそれらしく表示されていた。例によってトレーシングペーパーと方眼紙を駆使し、苦心の末に作ったプログラムだった。
今回の元絵は漫画のトレースではなく、アイドルの写真を参考に自分で書いたスケッチを使っている。ヒロインの背後に広がる未来都市の夜景を、「mkⅡ」本来の性能である全15色を駆使して描いているのも、白黒だったアオイちゃんよりも技術的に進歩していた。
「お前が自分で作ったのか、この画面も」
西郷は非常に感心してくれた。
「つまり、勉強さえちゃんとすれば、俺ら一般の高校生でもこういうのを作れるってことだよな?」
「うん、そういうことだね。もちろん技術は必要だけど、すごく難しいってことはないし。面白いよ、自分でゲームとか作るの」
いつか山岡先輩の口から聞いたのと同じようなセリフを、順は口にした。
この「スペースガール/2024(仮)」はまだ中身がほとんどできてなくて、という彼の説明を聞いて、西郷は残念そうだった。
「どんな話になるのか、楽しみだな。展開によって、この女の子と仲良くなれたり、険悪になったりしてな」
西郷のその言葉に、順の頭の中で一つのアイデアがひらめいた。
今みたいに最初からただ仲良く会話をするのではなく、ストーリー展開によって仲良くなったりそうでなくなったりする。それこそ、「アオイ」ちゃんが進化すべき方向性ではないのか。
そして、最後は恋人同士になる、プレイヤーと「アオイ」ちゃんの二人。未来の宇宙都市を舞台として、そんな夢のようなゲームを作ってみればどうだろうか、と彼は思いついたのである。
こいつが帰ったら、すぐにでもその「スペースガール・アオイ/2024」プログラムに取り掛かることにしよう。順は密かにそう思いながら、半分うわの空のままで西郷の質問に答えたり、相槌を打ったりしていた。
(#19「始動、緑町北高校・パソコン同好会」に続く)
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