#17 直子さんの演奏、南高校恐るべし
長細い部屋の真ん中に置かれた長いテーブルの周りをとりまくように、部員たちが座る。あまり部室に顔を出さない、二軍的なメンバーも参加しているようで、パーティーはなかなかの盛況だった。あくまでゲスト参加である北高生の順は、遠慮して端っこのほうの席に座る。
一方、こちらはスペシャル・ゲストに当たる、智野部長の彼女である名門女子高の三年生は、長い黒髪が印象的な清楚で明るい美人だった。当然彼とは扱いが違い、部長と並んで部屋の真ん中に座る。
「お招きいただいてありがとう」
と彼女が微笑むと、それだけで部室の空気はがらりと変わり、部員たちはなんだか舞い上がっているようだった。
彼が驚いたのは、初めて見た「唯一の女子部員」の姿だった。鈴木直子さんというその二年生は、茶髪というかほぼ金髪に近い派手な髪で、つやのあるエナメル生地の真っ赤なコートを着ていた。口紅も同じく鮮やかな真紅、いつものパソコン部の雰囲気とは全くかけ離れた感じだ。でも、顔立ちは実はかわいらしくて、大きくて丸っこい瞳が印象的だったりする。
直子さんは細長いバッグを肩に掛けていて、その中身はシンセ・キーボードらしかった。パソコンでコンピューター・ミュージックをやるためにこの部にいるというのは、つまりはミュージシャンを目指しているということなのだ。ならば、こんな派手な格好をしているのも分かる気がする。
「お、シンセじゃないか。いいね、クリスマス・ソングでも弾いてくれるのか?」
ご機嫌を取るような口調で、智野部長が訊ねる。どうやら部長も、彼女がちょっと怖いらしい。
「弾くつもりがなきゃ、わざわざこんな重いの持って来ないわよね」
投げやりに言って、直子さんはだるそうに金髪を掻き上げた。なかなかさまになっている。
よせばいいのに、「アニメの曲を弾いてくれないか」とリクエストした山岡先輩は、「こいつ何言ってんの」とでも言いたげな直子さんの視線に凍り付いて、沈黙の底に沈むことになった。二次元美少女職人も、リアル美少女の相手となると全くお話にならないようだ。
「ベスト・プログラマー賞」受賞の成果によって、次期部長候補と噂される二年生の鈴木創一さんが開会の挨拶をして、炭酸ジュースでの乾杯と共にパーティーは始まった。みんな嬉し気に、フライドチキンやフライドポテトをむさぼり喰らう。揚げ物ばかりだが、クリスマスのパーティーにヘルシーなサラダを食べる高校生はいない。
期待していた女性の参加は結局二人だけ、部長の彼女とダークな空気をまとう直子さんしかいないのだが、それでも女子高生と過ごすイブには違いない。男子部員たちは十分満足げだった。
用意した食べ物が無くなってきた頃、直子さんはふいに立ち上がって、部室の隅に立てかけてあったバッグからシンセ・キーボードを取り出した。空の皿を邪魔そうにどかして、製品名の「DX」という文字が目立つキーボードを机に置く。いよいよ弾いてくれるらしいが、しかし一体どんな曲が演奏されるのか。
「大丈夫よ。みんなが知ってる曲にするから」
そうつぶやくと、彼女は真剣な表情で鍵盤に向かい合った。大きな瞳が輝きを放つ。
エレクトリック・ピアノの澄んだ音色で奏でられたイントロには、順も聞き覚えがあった。「メリークリスマス・ミスターローレンス」、数年前に散開したYMOの坂本龍一が作曲した名曲だ。バカ騒ぎモードだった部室が、神秘的なクリスマスの雰囲気にがらりと変わった。
この人は、絶対に才能がある。窓の向こうの月を、じっと見つめたまま演奏する直子さんの姿を見ながら、彼はそう感じていた。曲自体ももちろん素晴らしいのだが、空気を一変させたのはキーボードを操る彼女の表現力だ。いつの間にかこの部屋には、外界から引き込まれた夜の静けさが満ちていた。
演奏が終わると同時に、その場の全員が心からの拍手を彼女に送っていた。余計な一言を言うのが、もはやアイデンティティーとなっているような城崎副部長さえも素直に感動している様子だ。
「そう? そんなに良かった?」
と直子さんも素直に嬉しそうな様子で、先ほどまでとはすっかり雰囲気が変わっている。きっとこれが、本来の姿なのだろう。
気を良くしたらしい彼女は、さらに連続でクリスマスソングを何曲も演奏してくれた。たまたま部室の様子を確認しに来た風紀委員会の調査員も、アルコールを飲んでいないかのチェックという任務を忘れて、曲に聴き入ってしまったほどだった。
南高校パソコン部、恐るべし。順は改めてそう感じていた。コンピューターグラフィックスの風景画で国の賞を取ったり、オリジナルのパズルゲームが専門誌で年間の賞をもらったり、こうしてシンセを使いこなすミュージシャンまでいる。
さすがは市内一番手の名門校という感じだったが、しかし北高校にだって負けず劣らずの面白人材が埋もれているはずだ。
南高校に対抗できるようなパソコン部を絶対作るぞ、と彼は強く思った。まずは何をどうすればいいのか、そこはまださっぱり分かっていなかったのだが。
(第二章「新パソコン部の鼓動」に続く)
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