#14 地道に働くのも悪くない

 すぐに来てほしい、ということだったので、翌日は南高校での部活はお休みにして、放課後は駅前に出勤した。西郷は店の前、順はロータリーの反対側というポジションでビラを配る。

 立ちっぱなしで寒いかと覚悟していたが、意外と体を動かすし声も出すしで、少々疲れはするものの特に辛くはなかった。これで時給600円はおいしい。

 彼のポジションはちょうど金融業者の近くの場所で、そこでは若い男性社員が勧誘用のティッシュを配っていた。ハンバーガーのビラは割引クーポンのおかげか割と受け取ってもらえたが、ティッシュはただのビラよりもさらに人気のようだった。いつの間にか、彼と金融業者は一緒に並んで通行人に声を掛けるような感じになっていた。


 人通りが途切れた時に、

「欲しいものがあって、こうしてバイトしてるんですけど、もしかして僕ら高校生でもお金を貸してもらえますか?」

 と試しに聞いてみると、

「未成年には貸さないね。でも、大人になって借りられるようになったとしても、うちみたいな消費者金融では借りちゃだめだよ。一生、金利を払うことになるからね」

 と若い社員は正直に教えてくれた。サラ金地獄などと騒がれたのは、本当のことらしい。

「人間は地道に働くしかないのさ、お金に抜け道なんてないからね。見ててごらん、今の景気で大儲けして浮かれてる人ら、いずれひどい目にあうはずだから」

 冷めた口調で金融業者の社員は言った。まだ二十代半ばくらいの感じなのに、この人はすでに色んな世界を見てきたようだった。


 ビラ配りが終了して順と西郷が店に戻ると、

「いやあ、お疲れ、お疲れ。君らのビラで、お客さんいっぱい来てくれたよ」

 と口ひげがダンディーな店長が、夜食代わりにハンバーガーを一個ずつくれた。百円バーガーでも十分間のバイト代に当たるわけで、これは嬉しかった。地道に働くのも悪くない。


 控室のテーブルに二人向かい合って座り、ハンバーガーに喰らいつきながら、

「実は、パソコンを買うお金が欲しいんだ」

 と南高校のパソコン部に通っていることを順が話すと、西郷は身を乗り出した。

「面白そうじゃないか、ハイテックで。俺もちょっとやってみたい。買ったら見せてもらえないか、そのパソコンてやつ」

 その立派な体格の通り、西郷は北高校の柔道部員だった。段位も取っているらしい。

 バリバリの体育会系なのだが、オーディオ機器とかカメラとかも好きで、葵ちゃんの隣の席で順と雑談する時も家電の新製品などの話題になることが多かった。

「もちろん、もちろん。見に来てよ、買ったら」

 彼は喜んでうなずいた。自分が作ったプログラムの「アオイちゃん」という名前は内緒にしておかないといけないかな、と思いつつ。


 翌日のバイト前に、順と西郷は中信電気に立ち寄った。なにせ家電好きだから、西郷もこの店の常連らしかった。

 どんどん小型化が進むウォークマンの新製品を見たりしてから、パソコン売り場へと移る。

 各社の新製品が競い合うようにカラフルなデモンストレーションを流している様子を、西郷は興味深げに眺めていた。

「だけど、やっぱり高いんだな、パソコンてのは。このゲームなんか、やってみたいけどな。むちゃくちゃ格好いいじゃないか」

 ロボット兵器が戦闘機形態から変形して攻撃を行うシーンが流れている画面を、西郷は指さす。それは大人気ロボットアニメの制作会社が関わって作られたゲームで、ロボットのデザインが当時としては別格の出来栄えだった。


 こんな高度なアニメーションをプログラムするのは、順の今の技術レベルでは夢のまた夢だ。山岡先輩や、他のパソコン部のメンバーでも難しいかもしれない。しかし、最新のパソコンなら、性能的には実現可能というところまで来ていたのだった。


「こんなの、僕も高くて買えないよ。買うのはこっち」

 すっかり見慣れた「mkⅡ」の銀色のボディの前に、彼は西郷を連れて行った。

「ああ、こっちなら3万円か。そりゃそうだろうな、いくら時給600円でも二十万円も用意するのは大変だ」

 納得したように、西郷はうなずく。

「でも、コンパクトでいいじゃないか。デザインも未来っぽい。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』に出てくるタイムマシンの車みたいな感じだな」

 なるほど、と順は感心した。銀色でくさび形のフォルムが、昨年大ヒットした映画に出てきた「デロリアン」という車にちょっと似ている。


「本当は旧型で性能もそんなに良くないらしいんだけどね、残念だけど」

「でも、気に入ってるんだろ?」

「そりゃまあね。絶対嫌だったバイトをする気になったくらいだから」

「だけど、これ現品限りなんじゃないか? もし売れちまったら代わりはあるのか?」

 そう言われて、彼は黙り込んだ。もちろん、代わりの当てはない。多分すぐには売れないだろう、という根拠のない予想だけが支えだったのだ。


(#15「『mkⅡ』、輝ける瞬間」に続く)

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