#12 すごく嫌だが、働こう

 十二月に入る頃、順の「アオイ」ちゃんは、簡単な会話チャットができるレベルにまで進化を遂げていた。

 話しかけるのに使える単語は限られてはいたが、

「ホットケーキ が すき なの」とか、

「すいえい が とくい よ」

 などと答えてくれる様子が嬉しくて、彼は何度も意味なく「すきなきょくは?」などと質問を繰り返していた。

 要するには全部、自分がプログラムした受け答えに過ぎないのだが、そこに独立した人格を見出して萌えまくるという能力が一部の人類には備わっているのだ。


 せっかくだから、例の「マイコン・マガジン」にこのプログラムを投稿してみてはどうだろうか、と彼は考えた。原稿料がもらえれば、「mkⅡ」を買う足しにもなる。

 ちょうど、新年特大号で発表された年間の「ベスト・プログラマー賞」で、二年生の鈴木創一さんが投稿したゲームのプログラムが銅賞を受賞していた。智野部長に匹敵するプログラミングの腕前を持つという人で、次はこの人が部長ではないかと言われているようだった。


 受賞した「ティラトス」は画面上から落ちてくるブロックをきれいに積みあげていくパズルゲームの一種で、順も遊ばせてもらったのだが、確かに面白かった。文化祭でも大人気だったそうだ。

 そのプログラムが、一年間に「マイコン・マガジン」に投稿された全作品の中でベスト3に入る評価を得たということで、部内は快挙に沸いていた。十万円もの賞金が出るらしいから大きい。


「アオイ」ちゃんの絵の元ネタは版権ものだから、そのまま丸パクリでは投稿作品としてはまずい。しかし髪型は違うし、パソコンの性能の都合で結果的に原型とはかけ離れた絵になっていたから、気を付けて手直しすればそこはパスできそうだった。漫画の作者本人が見ても気づかないだろう。


 とは言え、単に初歩的な受け答えができるだけで特段ゲーム的な要素もない今の内容では、掲載に至るのは難しいだろうというのが諸先輩方の意見だった。

 今のところ、このプログラムはあくまで、順の思い入れによる個人的なファンタジー世界の域にとどまっている。要するに、「アオイちゃんと話せて楽しい」だけでは、世に問うには無理があるというわけだった。


 ゲーム的要素と言われても、彼としてはどうすればいいのかわからなかった。山岡先輩の「美少女危機一髪・ゼータ」のように彼女と何かで勝負する、そんな内容しか思いつかない。もちろん、アオイちゃんに服を脱いでもらうような、おかしな真似をさせるわけにはいかないから、勝ったところでスコアの数字が増える程度になってしまう。それで面白いものになるかはさすがに疑問だった。


 とにかく、今から投稿して掲載してもらえたとしても、原稿料が入ってくるのは遠い先の話だ。今すぐにでも「mkⅡ」を入手したいところなのに、そんな悠長なことはしていられない。

 ここはやはり、バイトをするしかなさそうだった。手元にもいくらかお金があるから、時給400円として60時間ちょっと働けば購入資金は用意できそうだ。毎日3時間バイトするとして、二十日は必要ということになる。


 だが、

「働くの面倒くさい……嫌すぎる」

 それが彼の正直な気持ちだった。働いたら負け、という言葉はまだ無かったが、二十日間も毎日働くのは気が進まなすぎた。どうせわずかな給料と引き換えに、嫌な上司や嫌な客の相手をさせられるに決まっている。


 ローカルテレビ局で再放送アニメを見ていると、「ちょっと借りて、息抜きしましょ」とかなんとか、借金でワイン飲んで豪遊するのを勧める金融業者のCМがガンガン流れている。なのに何ゆえ、あくせく働いて金など作らなければならないのか。

 実際には借りたら最後、年利50%を超える地獄の金利が追いかけてくるわけなのだが、彼はそんなこと知らない。


 この1986年12月というのは、悪名高いバブル景気が始まった、その最初の月とされている。しかし、あふれかえるマネーなんてのは一般庶民には何の関係もない話だった。まして高校生の彼には、時給400円で地道に働くという道しかなかったのである。


(#13「即決採用、ビラ配り」に続く)


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