#11 彼らの目標、「マイコン・マガジン」

 中信電気の隣には緑町市内で随一の買い物の殿堂、六階建ての「ニチイショッピングデパート」がそびえている。

「ニチイ」はあくまで大手の総合スーパーなのだが、名前に「デパート」が入っているんだからデパートなのだということで、市民には「駅前のデパート」とも呼ばれていた。

 服でも本でもなんでも揃うから、みんな何かにつけてここに買い物に来た。順が河瀬葵ちゃんと「デート」したのもこのニチイだ。


 彼にとっては近所だが、南高校の近くに住む横山くんたちとしては、田んぼを走り抜けてわざわざ駅前まで来たわけで、ここに立ち寄らないという選択肢はない。三人の足は自然にニチイの店内に向かった。

 もうクリスマスも目の前なのに、夏っぽい爽やかなメロディーで「ふれあいニチイ」と連呼するテーマソングを聴きながら、まずは書店がある五階へとエスカレーターで上がる。パソコン専門の雑誌を見に行こうということだった。さすがはパソコン部員、勉強熱心だ。


 雑誌のコーナーには、部室でも見かける「マイコン・マガジン」が平積みになっていた。パソコン雑誌の中では一番人気で、二十万部以上の発行部数があるらしい。次の新年号は来週が発売日なので、そこに置かれていたのはまだ十二月号だった。

「北高校のパソコン部が誕生したあかつきには、この『マイコン・マガジン』を舞台にうちと対決することになるわけやなあ!」

 楽し気な横山くんの言葉に、順は首を傾げた。対決? 雑誌で?


 山岡先輩に説明してもらって、その意味が分かった。この雑誌は単にパソコンの情報が載っているわけではなくて、一般の読者が自分で作ったプログラムが掲載されているらしかったのだ。

 例えば、彼が製作中の「アオイちゃん」のプログラムをメディアに入れて投稿すると、その内容が編集部で選考にかけられる。もしも選考に通れば、彼のプログラムが誌面に掲載されるというわけだ。数千円程度だが、原稿料もちゃんともらえる。

 手に取って眺めてみると、英単語や数字がずらずらと並ぶプログラムの文字列が、誌面にそのまま印刷されていた。この雑誌を買った人は、ひたすらキーボードを叩いて、自分の持っている機種用のプログラムの内容をパソコンに打ち込むらしい。その作業を終えると、投稿者が作ったゲームを遊んだりできるのだ。


「智野部長とか、僕と同じ二年の鈴木創一くんとかの作品は何度も掲載されてて、数を競い合ってるんだ。もっとも、僕の作品は色々あって、まだ一度も掲載されていないんだが……」

 山岡師匠は無念そうだが、この人の美少女ものは、内容的にも権利的にも、雑誌に載せるには色々問題がありそうだ。

「つまり、自分の作品を投稿して掲載を狙うのが、うちの部のメインの活動になってるんだよ。他にも、国のコンテストで賞を取ったりね。僕の作品はどうも、そういうお役所系とも相性が良くないんだが……」


 そう言われて順は、新校舎の壁に下がった「パソコン部・文化芸術庁コンテスト入賞!」という垂れ幕を思い出す。

 単にパソコンで遊ぶだけではなくて、作品を発表して競い合ったりする。間違いなく、それが南高校パソコン部の発展の原動力になっているのだ。


「そういうのいいですですね! 青春ドラマっぽい気がする」

 と順は目を輝かせたが、

「まあ、女子部員が一人しかおらへんのが、青春ドラマとしては致命的なんやけど……」

 急激に暗くなっていく横山くんの声が、甘くない現実を伝えていた。山岡先輩は、苦笑いしている。確かに、女子に人気のある部活とは言えないようだった。

 それにしても、たった一人とは言え女子部員がいるとは知らなかった。コンピューターで音楽をやるためにパソコンの勉強をしている二年生らしくて、いずれ部室で顔を合わせることになるはず、とのことだった。


 順も一冊、この「マイコン・マガジン」を買っておくことにした。ちゃんと後でゆっくり読んでみよう。ちゃんと「PC‐6001」や、あの「mkⅡ」用のプログラムも掲載されているようだった。

 屋上遊園地のゲームコーナーで古いテレビゲームを眺めたりしてから、彼らは解散した。順は再び一人で、中信電気のパソコン売り場へ戻る。もちろん「mkⅡ」は、まだちゃんとそこにあった。代金の39800円、どうにか早急に用意して、この銀色のパソコンを手に入れよう。すでに彼は、そう心に決めていた。


(#12 「すごく嫌だが、働こう」に続く)

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