#10 遭遇、銀色の「mkⅡ」

 国鉄の緑町駅前には、中信電気という家電量販店がある。市内では唯一の大手チェーン店だったから、みんなテレビも冷蔵庫も、そしてパソコンもここで買っていた。

 十一月最後の土曜日、順は横山くんと、山岡師匠の三人で、その中信電気へ行くことになった。パソコンの値段というのがどんなものなのか、一度とりあえず見に行こうよと、二人が一緒に来てくれることになったのだ。


 家から歩いてすぐの駅前にたどり着くと、ロータリーに面した中信電気の前にはすでに、横山くんと山岡先輩の姿があった。二人は南高の近くに住んでいるから、自転車で来ている。

 パソコン売り場はワープロ売り場と並んで、そこそこ大きなスペースを占めていた。ずらりと並んでいるのはほとんどが各社の最新鋭パソコンで、部室にあるものよりも新しい。数年で大きく進化する世界だから、性能面でもかなり上回っていた。しかしその分、どうしても値段が高くなるのは仕方がなかった。


「これなんか、すごくええと思うよ」

 横山くんが真っ先に勧めたのは、大手三社の一つである富士通の「FM77AV」という機種だった。一見オーディオ機器みたいな、精悍な黒いボディのパソコンだ。山岡先輩が「美少女危機一髪」を開発した「FM‐7」の進化版らしい。


 この頃のパソコンは、モデルチェンジする度に名前が長くなることが多かった。「X1」というシンプルな名前のパソコンが、数年後には「X1turboZⅢ」というものすごい名前になったりするのだった。

「FM‐7」もやがて、「FM77AV40EX」という呪文かなにかのような長い名前の最終系へと進化することになる。メーカー自らが厨二病にかかったのかと思うような世界である。


「26万色も使えるんやで、これ。めちゃくちゃ綺麗なグラフィックが描けるよ」

 そう言われても、順としては困惑するばかりだった。確かに、山岡先輩が使っているのと同じシリーズだというのは良さそうだ。しかし、ようやく白黒2色の「アオイ」ちゃんを完成させたばかりなのに、26万色なんてどう使えばいいのか見当もつかない。


「横山、それ単に自分が欲しいだけなんじゃないか?」

 山岡先輩が横から突っ込みを入れた。

「そんなことないですよ。欲しいのは欲しいですけど、ええ機種やから薦めてるだけで。新しくできた北高パソコン部にこんなすごいマシンがあったら、きっと話題になるはずです」

「で、君が乗り込んで行って我が物顔で使うんだろ?」

「うちが技術支援をするって、智野部長も約束しましたからね」

 涼しい顔で言う横山くんに、順は思わず笑い出してしまった。いずれにせよ、一式で二十万円もするパソコンなんかとても買えない。大手三社の残り、NECとシャープのパソコンも同じような価格で、やはり手が出そうになかった。 

 ソニーとパナソニックが競い合うように出している共通規格MSX2の入門用パソコンなら三万円くらいだったが、こちらはゲーム機みたいな雰囲気の造りで、どうも魅力が感じられない。


 売り場の奥にある特価品コーナーまで来て、順は不意に足を止めた。定価の半額以下、39,800円で売られていた小型パソコンに、興味を惹かれたのだった。

 直線的でシャープなデザインの、その銀色のパソコンの名前は「PC‐6001mkⅡ」。彼が「アオイ」ちゃんを作った「6001」の新型に当たるパソコンだった。


「でも、新型って言うてもかなり古いで、これ。出てから三年も経ってるんやから」

「さっきのパナソニックとかのほうが、まだ性能は高いと思うぞ」

 と二人が言う通り、元々84,800円のパソコンがここまで値下げされているというのは、ほとんど投げ売り状態である。よほど長い間売れ残っていたのだろう。


「でも、部室の『6001』よりは性能いいんだよね? この『mkⅡ』」

「そりゃまあ、改良型やから」

 横山くんの話では、白黒画像だった高解像度モードで4色使えるようになっていたり、合成音声でしゃべる機能がついたりとそれなりのパワーアップはしているようだった。根強い人気があるシリーズなので、新作のゲームソフトも未だに発売されている。


 二人は「これはやめたほうが」と繰り返したが、順はすっかりこの銀色の「mkⅡ」が気に入ってしまった。ガンダムっぽい名前もデザインも、なんだか格好いい気がする。そもそも、26万色だとかの高性能パソコンを買っても、使いこなせる気がしなかった。

 いくら安いと言っても、4万円ものお金をすぐに用意することもできないから、今日のところはこれで撤収ということになった。後ろ髪引かれる思いで、銀色に鈍く輝く「mkⅡ」の姿を振り返りながら彼は店を後にした。


(#11「彼らの目標、『マイコン・マガジン』」に続く)

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