#8 ついに出現、「アオイ」ちゃん

 ほとんど毎日のように、順は緑町南高校へと通い続けた。放課後になると、城下町から田んぼの向こうへと自転車を走らせ、パソコン部へと向かう。

 冬へと向かって日が短くなり、気温も下がっていく季節。しかし彼は冷たい向かい風をものともせず、前輪の発電機をうならせて農道を照らしながら、ペダルを踏み続けるのだった。

 正規の部員でも、ここまで熱心に部室通いを続けているのは、部長その他の数人しかいない。


「パソコンの勉強のために、わざわざ毎日通ってきている北高生がいるらしい」と校内でも噂になり始めていたが、これはライバルである南高校側としても悪い気分ではない。そんなにすごい部活なのか、とパソコン部の評価が上がることにもなった。

 ついには、旧校舎の階段でいつもすれ違う先生が、彼の顔を覚えて挨拶してくれるほどになり、もはや彼のことは学校公認の域に達しつつあった。

 他校の生徒がむやみに出入りすることに良い顔をしないはずの生徒会や風紀委員会も、全く問題ないと歓迎してくれているらしかった。


 トレーシングペーパーに書いたイラストをひたすらデータ化し、その数値の列を今度はパソコンに入力する。そして、その座標を元に画面上に描画を行うプログラムを書く。

 順のそんな懸命な作業は、クリスマスシーズンも間近な十一月の終わりになって、ついに報われることになった。「PC‐6001」の画面上に、彼の「アオイ」ちゃんが姿を現したのだ。


 元はと言えば、漫画の主人公女性の髪形を、した葵ちゃんに似たショートボブに変えただけの「オリジナルキャラクター」だ。しかし、なにせ苦労に苦労を重ねてパソコン上に出現させただけに、愛着はものすごかった。

「自分で創り出したオリジナルの女の子は、思い入れがまるで違うぜ」

 という山岡師匠の言葉が、強烈な実感を伴って思い出されたのだった。


 残念ながら、初期の入門パソコンであるPC‐6001パピコンには、高解像モードでは白黒表示になってしまうという性能上の問題があった。だが、順にとっては、それはもはや大きな問題ではなかった。

 夜空のように暗い背景に、白い線画で描かれた「アオイ」ちゃんの姿が輝く。その姿は彼には神々しくさえ感じられたのだ。

 彼の努力っぷりを見た部長は、2年生以上専用の機種を特例で使ってもいいぞ、と言ってくれた。例えば、山岡師匠が「美少女危機一髪」を作った富士通の「FM-7」という機種を使わせてもらえば、もっと高い解像度でカラー表示を行うこともできる。


 しかし彼は、

「このPC‐6001で、頑張ってみます」

 と、特別扱いを辞退した。

「あゆか」ちゃんのように美しいカラー表示になった「アオイ」ちゃんも、確かに魅力的かもしれない。だが、この白く輝く神秘的な姿こそ、今の彼にとっての「アオイ」ちゃんだったのだ。

 彼の強い思いを知った部員一同は、さすがは「美少女職人」山岡の一番弟子らしい偏愛ぶりだと感心したのであった。


 さて、ついにその姿を現した「アオイ」ちゃんではあったが、次は彼女に「知能」を与えてあげる必要があった。

 とまあ、大げさな言い方をしてみたが、要するには簡単な受け答えができるようなプログラムを追加するわけである。

「あおいちゃん かわいい」

「ありがとう! すなお さん」

「すきだよ」

「うれしい! わたしも すなお さんがだいすき」

 実際のところは、こんな程度の他愛もないやりとりが精一杯なのだが、人類には脳内補完という偉大な能力が備わっているから、これでも十分に女の子と会話をしている気になれる。一般人が見ればドン引き間違いなしだろうが。


 彼女のセリフの内容を、ああでもないこうでもないと順が考えていると、いつの間にか背後に副部長が立っていた。顔にかかった鬱陶しい長髪の向こうから、じっと画面のアオイちゃんを見つめている。

「太川君。君、北高では文芸部に所属してるらしいね」

 城崎という名前のこの副部長は、文化祭の時に自作の小説の冊子を配っていた人物で、文学に非常にこだわりがあるらしかった。彼が文芸部に入っているというのは、山岡先輩に聞いたのだろう。


「僕の小説の階層を貫く『井戸』の気配を感じ取ってくれたのは、さすがだったよ。ただものじゃない、と思ったね。この女性の造形にも、我々の共同幻想に通底するアーキタイプな魅力が感じられるよ」

 副部長が一体何を言ってるのか、彼には一言も理解できなかった。


 そういえばあの時、この人の小説をなんか適当にほめたような記憶がある。文芸部と言っても、部室にほとんど顔を出したことのない名ばかり部員だし、そもそも副部長の小説を読んでさえいなかったのだが、今さらそんなこと言えなかった。


(#9「浮上した、革命的アイデア」に続く)

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