#6 異例の入部、南高校パソコン部

 異例なことではあるが、順は「客員部員」という謎の取り扱いで、南高校パソコン部への一時入部を認められた。

 もちろん、学校側が公式にそんなことをOKするはずはなく、パソコン部長たちが勝手に「まあ、一時的なもんならいいんじゃない?」ということにしたらしい。

 顧問の先生はパソコンのことなど全く分からない国語の教師で、活動については生徒たちに一任しているとのことだった。つまり部員のやりたい放題ということだ。なんでまたそんな人を顧問にしたのかは分からないが、この際には好都合だった。


 そういうわけで順は、授業が終わるとまっすぐにライバル校へと自転車を走らせるという、謎の生活をスタートすることになった。

 一応、文芸部に籍を置いてはいたのだが、ほとんど名ばかりの部員で、全く部室には顔を出していない。だから、毎日こうして他校の部活に参加することになっても、支障は一切なかった。


 城下町の市街地を縦断し、そろそろ冷たくなってきた風に吹かれながら田んぼの間を疾走して、彼は遠い南高校へと通う。果てしない夢を実現するために。自分だけの「アオイ(仮)ちゃん」をコンピュータの中に創り出すために。

 山岡先輩たちの話では、パソコンの中の女の子と会話チャットすることも、プログラム次第で可能らしかった。すごく楽しそうで、向かい風にこわばる顔が、自然ににやにやしてしまう。自転車のペダルを踏む足にも、力が入るというものだ。


 すでに「人工知能」を自称するパソコンソフトというものは存在していて、女の子と会話チャットできるのを売りにしていた。もっとも、当時の技術ではまともなやり取りなど全く無理で、「人工無脳」などとからかわれてしまっているのが実情だった。誰でも気軽にAIとチャットできる時代になるまでは、そこから数十年もかかることになる。しかし、彼はそんなこと全く知らない。


 パソコン部の部室は、旧校舎の三階にあった。長い年月の間に踏面のすり減った急な階段を、順は少し緊張しながら上がっていく。北高校の制服を着た彼の姿はめちゃくちゃに目立つはずなのだ。だけど、すれ違う南高生たちはそんなのほとんど気にもしていないようだった。教師たちでさえ、ちらっと彼の姿を見るだけだ。トップランク校にしばしば見られる、自由でオープンな校風というものが、ここには充満しているようだった。


 黒ずんだ木製の扉の向こう側が、パソコン部の部室だ。ガラガラと大きな音を立てて、彼はその古びた扉を開いた。

「こんにちは、太川君」

 丸い顔で愛想よく挨拶してくれたのは、文化祭の時にも相手をしてくれた、順と同じ一年生の横山くんだった。

 副部長や山岡先輩と一緒に、「客員部員」の彼をサポートしてくれることになっている。画面をじっと見つめていた他の部員たちも、それぞれ会釈や挨拶をしてくれた。


 パソコン部の部室は妙に細長くて狭かった。ずっと昔に二つに分割された部屋の片割れらしく、つまりは普通の部屋の半分の広さしかないということになる。新興の弱小部活だからか、そんな部屋しか割り当てられなかったのだ。顧問の先生が素人なのも、学校側のやる気のなさが表れている気がする。


 部屋の片側の壁沿いには、何台ものパソコンが並んでいた。色んなメーカーのさまざまな機種がそろっているのだが、それらには「ランク」があって、上級生ほど新しくて高性能なパソコンを使えることになっている。

 一年生が使えるのは旧型の機種で、順が使うことになったのも、「PC‐6001」という名前の入門用パソコンだった。大手メーカーであるNECの製品で、初期の入門機の中でも、扱いやすくて人気があるモデルらしい。「パピコン」という公式の愛称でも知られている。

 山岡先輩の「美少女危機一髪」は、やはり大手メーカーの富士通製パソコンで動いていたのだが、この機種は上級生用ということで、ゲストで一年生の順には使用許可が出なかった。


 まるで寄せ集めたかのように機種がバラバラなのは、パソコン部を創設するに当たって、安い中古パソコンなどを買い集めて台数をそろえたかららしかった。本当に寄せ集めだったのだ。

 メーカーや機種が違えばソフトに互換性はないし、プログラムの書き方もちょっとずつ違ってくるのだが、その辺りが学校側にはよくわかっていなかったらしい。やはりどうも、扱いの悪い部活のようだ。


(#7「トレーシングペーパーと方眼紙」に続く)

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