#5 山岡先輩、まさかの提案
中庭を横切り、今度は旧校舎に入る。文化財級のこの建物も、ちゃんと現役で使われていて、各教室には華やかな飾り付けがされていた。
横山くんが言った通りだった。山岡先輩がいるという2年B組の教室は一目でわかった。
このクラスの出し物は「2-Bダイナー」というもので、アメリカの道路沿いにあるような「ダイナー」風の喫茶店ということらしかった。みんな色々考えてる。
そして、窓に貼られていたポスターは、パソコン部のチラシと同じようにプリンターで印刷されたものだった。ネオン文字っぽくデザインされた「diner」の5文字と、メイドさんっぽいカチューシャを頭につけた女の子のイラスト。「あゆか」ちゃんとは雰囲気が違うけれど、こちらもいい。
パソコン部と違って、線画の上からポスターカラーで丁寧に彩色してあるのは、大量印刷の必要がないからだろう。言うまでもなく、これは山岡先輩が手掛けたものに違いなかった。
「いらっしゃいませ!」
入り口の前に立った女子生徒が、爽やかに声をかけてくれた。山岡先輩のイラストと同じく、フリルのカチューシャを付けて、赤白ストライプのウェイトレス姿。本格的だし、すごくかわいい。
「あ、あの、あの山岡先輩がここに」
「ああ、山岡君の友達?」
彼女は振り返って、教室の中を見た。
「お客さんよ、山岡君!」
「接客は免除のはずだろ、僕は」
ぶつぶつと言いながら不機嫌な顔で現れた山岡先輩の表情は、たちすくむ順の姿を見てぱっと晴れた。
「太川じゃないか! 来てくれたんだな」
「え、ええ。パソコン部見てきました」
「そうか、そうか! まあ、こんなところで立ち話もあれだから。朝宮、お客さん一人、頼む」
「はいはい。こちらへどうぞ、お客様」
山岡先輩の同級生である2年生のお姉さんは、彼を教室の中に案内してくれた。その衣装のスカートはちょっとまずいんじゃないかというくらいに短くて、後ろをついていく順は動揺を隠せない。
教室内、というか店内の蛍光灯は紫色のセロファンで覆われて、アメリカン・ダイナーっぽい雰囲気を演出していた。壁には昔のコカ・コーラやハンバーガーのポスターが貼ってあったり、なかなか力が入っている。
窓際のテーブルに、山岡先輩と向かい合って座った。二人ともコークを頼む。
「どうだった? うちの展示」
去っていくウェイトレス2年生の後ろ姿に気を取られていた順は、そう訊かれて我に返った。
「パソコンってほんとに色んなことができるんですね。面白かったです。『あゆか』ちゃんもかわいくて」
「だろう? 苦労したんだ、あの子をあそこまで作りこむのは。アニメーションさせるには、高速で画面を書き換えなきゃ駄目だしね」
わが子のことを語るように、山岡先輩は目を細めた。パソコンの中に住む女の子に命を吹き込むのは、やはりそんなに簡単なことではないらしい。
ひたすらそのための技術を追い続ける山岡は、パソコン部の中で「美少女職人」と呼ばれ、微妙に尊敬を集めていたほどだった。
「それで、なんですけど……。僕もパソコンを買えば、『あゆか』ちゃんに家に来てもらうことができるのかなって」
へえ、と山岡先輩は順の顔を見た。
「本当に気に入ってくれたんだな。そりゃ、僕の作ったソフトを動かせば、彼女たちはどこにでも姿を現すよ。でもさ」
先輩は真顔になった。夕陽が窓から斜めに射して、無駄にシリアスな場面に見える。
「どうせなら自分のオリジナルの女の子を創り出すのにチャレンジしてみるってのはどうだ? 思い入れがまるで違うぜ」
え? と順は驚いて、陰影で劇画調になっている山岡先輩の顔を見た。自分で創り出す?
「……僕に、そんなことができるんでしょうか?」
もしも本当に、自分で女の子を創り出るなんてことができるなら。アオイ、という名前が彼の脳内をよぎる。
「俺にできたんだからできるさ。大体、パソコン部の中じゃ俺なんて全然技術無いほうなんだぜ。それでも、あれくらいは作れる」
「でも……ちゃんと勉強しないと無理ですよね」
「そう、勉強すりゃいい」
山岡先輩は力強くうなずいた。
「うちに入部すればいいんだ。パソコンの基礎くらいは楽にマスターできるぞ」
(#6「異例の入部、南高校パソコン部」に続く)
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