#4 命を吹き込まれた少女
すっかり悟ったような気持ちで、レースゲームやパズルゲームを少し遊んでみてから、なぜか人だかりができているパソコンの前に行ってみる。
その画面を見て、彼は内心これだ! と声を上げた。集まっているのが全員男子ばかりなのも当然、ブラウン管に映っているのは山岡先輩の手によるあの美少女だった。それも、四色のインクで書かれたチラシとは違って、こちらはちゃんと鮮やかなカラーイラストだ。
さらに素晴らしいことに、ちゃんとアニメーションするようにもなっていて、画面に流れるセリフに合わせて口を動かしたり微笑んだりしてくれる。まるで、命を吹き込まれたかのようだ。
解説のポップには「美少女危機一髪・
実はありがちな内容なのだが、順はまたしても衝撃を受けた。ファミコンにこんなゲームはない。しかも、別次元に美麗なイラスト。これが、山岡先輩が言っていた「本物」というやつか。
登場する女の子は何人かいたが、彼のお気に入りであるチラシの美少女は「あゆか」ちゃんという名前らしかった。彼女たちは下着姿までで敗北を認めることにしているようで、その先の展開はなかった。いやしくも文化祭という公共の場での出演であるから、さすがにあまりにご無体なことはできないらしい。
その代わりに「あゆか」たちはカーディガンだのタイツだのと色々着こんで、簡単に勝負に負けてしまうことのないように武装していた。
コアな観客からは不満の声が聞かれたが、順としてはむしろ「服なんか脱がなくていいんだ!」と叫び出したいところだった。もっと自分を大切にしてほしい。君はそこにいて、ただ微笑みかけてくれればいいのだ。
すぐ隣のパソコンでは、子猫が主人公のアドベンチャーゲームが展示されていた。かわいらしい子猫のイラストが表示された画面の前には、主に女子高生が集まっている。美少女マニアと子猫好き、隣り合う二つのグループの間には、すさまじいまでの客層の断層が発生していた。
眉をひそめてこちらをちらちらと見る彼女たちに、順としては「違うんだ、僕は」と主張したかった。僕はただ純粋に「あゆか」さんが好きなのだ、と。エロい視線で彼女を見ている周囲のマニアどもを、蹴りつけてやりたいくらいなんですと。
もちろん、実際にそんなことを口走ったりしたら、さらにドン引きされることになっただろう。普通のマニアよりも、むしろずっと重症である。
彼女の笑顔を見つめて、いつまでもこうしていたかったが、そんなことはもちろん無理だ。しかし、だけど。
彼の脳内で、ある考えが閃いた。
ならば、彼女を家に招くことができればいいのではないか。そしてずっとそばにいてもらえばいい。山岡先輩なら、そのやり方を知っているはずだ。
「あの、山岡先輩のクラスっていうのは何組ですか?」
先ほどの横山くんに彼は訊ねた。ちょうど一組のカップルが、「もうすぐ わかれる」という不吉な占い結果を見て黙り込んでいるところだった。
「ああ、山岡さんは2年B組ですわ。旧校舎の二階に行けばすぐにわかります」
空気の重さなどみじんも気にならない様子で、横山くんはにこやかに教えてくれた。
礼を言って、理科室を出ようとした彼を、さっきのうっとうしい長髪の三年生が呼び止めた。横山くんの話だと、この人は確か副部長さんだ。
「君、その小説どうだった? 紡がれた言葉の向こうに、世界の底に通じるあの井戸の存在を感じ取ってくれたかい? 最後の『鵜飼』が特に自信作なんだが……」
右手に持った分厚い冊子に、順は目を遣った。専用段ボール箱に捨てるのを、すっかり忘れていた。
「あの、何でパソコン部で小説を……」
井戸も何も一文字たりとも読んでない、とは言い出しにくくて、彼はおずおずとそう訊ねた。
「これは、高性能な16bitパソコンで『
そうなのか、と順はまたちょっと感心した。副部長さんが使った専門用語の意味は一つもわからないけど、パソコンを使うと文学もできるのか。
「
先を急ぐ彼は「すごい文学的な井戸でした」とか適当に言って、その場を逃れた。そんなぞんざいな感想でも副部長さんは不気味な薄笑いを浮かべて喜んでいたから、まあいいだろう。
(#5「山岡先輩、まさかの提案」に続く)
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