#3 ハロー、コンピューター・ワールド

 階段を上がって理科室前の廊下まで来ると、たくさんの南高生、そして他校の生徒や父兄などの関係者らしい見物客が、何人もたむろしていた。この地方では名門として知られる、女子高の制服を着た女の子のグループまでいる。パソコン部の展示は、かなりの人気を誇っているようだった。

 山岡先輩の姿を探して、順は扉の窓から理科室の中をのぞき込んだ。いくつか並んだ実験テーブルの上に、キーボードと専用のテレビがそれぞれペアになって置かれている。あれがパソコンだ、というのは彼も知っていた。しかし、先輩の姿は見当たらない。


「君、」

 突然、背後から暗い声がして、彼は驚いて振り返る。そこには、声と同じく暗い顔をした男が立っていた。うっとうしい長髪をかき上げて、三年生らしいその男は言った。

「見学かね? ならば、これを持って行きたまえよ」

 と、分厚い冊子を手渡される。

「は、はい。ありがとうございます」

 お礼を言いながら、扉を開いて理科室に入る。見学客のざわめきと、パソコンたちが発する電子音で満たされた室内は、なるほどゲームセンターの感じだった。


 さっきの冊子に展示内容が書いてあるのかな、とページを開いてみたが中身は小説のようだった。今の人が書いたのだろうか? なぜパソコン部の前でこんなの配ってるんだろう。

 困惑しつつ、入り口近くに置かれた赤いボディのパソコンの画面を眺める。点描画のようなタッチで描かれたどこかのビーチの風景が昼間から夕暮れ、そして夜に変わったり、曇り空になって嵐が来たりと自在に移り変わる。解説によると、これが文化芸術庁の賞を取ったコンピュータ・グラフィックの作品だということらしかった。

 確かにきれいだし、風景が移り変わるのは面白いが、彼が求めていたのはこういう芸術ではない。


「あの、どなたかと一緒にお越しですか?」

 小太りの南高生が、にこやかにもみ手しながら近づいてきた。学年章の色分けは南高も北高と同じはずだから、緑ということは彼と同じ一年生のはずだ。胸の名札には「横山」とある。

「いえ、すみません……一人なんですけど、中学の先輩がここの部員で。山岡先輩っていうんですけど」

 焦りながら、順は答えた。もしかして、一人で勝手に入ってはいけなかったのだろうか。

「ああ、山岡さんは今クラスのほうの当番ですわ。それより、パソコンでカップルの相性占いやってるんですけど、試しにどうですか? 今ちょうど、お客さんいはらへんので」

 カップルの相性占いか、と彼は暗い気分になった。もし占ってもらうとすればあおいちゃんとの相性だが、下手に結果が良かったりすると余計に虚しくなりそうだ。


「まあ、ちょっと見るだけ見て行ってください。あと、邪魔な副部長が書いた邪魔なその本は邪魔やったらここに捨ててください」

「邪魔」と連呼して、横山くんは窓際に置かれた段ボール箱を指さした。そこには、彼はもらったのと同じ小説の冊子が山のように捨てられている。パソコン部を見に来て小説を持って帰る人はいないのだろう。どうやら副部長らしいあの三年生、一体何がしたいんだろう。


 案内された席に置かれたパソコンの画面には、緑色の背景に白い文字で「あいしょう うらない by YASSAN」という文字が表示されていた。

「生年月日と星座、あと血液型が分かったらすぐ占えますわ」

 そう言って、横山くんはキーボードの前に座った。

 もちろん、その三点とも順は把握している。何せ自分ではほぼ彼氏のつもりだったのだ。まあ、お遊びなんだし物は試しだ、と彼は葵ちゃんの個人情報を告げた。

 素早く数字を打ち込んだ横山は、最後に「リターン」キーを押した。


[あいしょう は 49%。おしい! ともだち には なれるが そのさき は むり あきらめて]


「こんなん出ましたけど」

 にこやかに、横山くんは振り返る。

 順は心から感心していた。さすがはコンピューター。こうも見事に言い当てることができるものなのか。そう、やっぱり葵ちゃんと付き合うのは無理だったんだ。こうしてちゃんと科学的に答えを出してくれて、むしろ良かった。

 本当のことを言えば、初期の8bitパソコンで作った簡単なプログラムに、そんなピンポイントで相性の判定が出せるわけがなかった。偶然とは恐ろしいものだが、コンピュータが出した答えというだけで、順はその内容に深く納得してしまったのだった。


(#4「命を吹き込まれた少女」に続く)

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