第4話 苦悩を揺する振動と伴奏

 母親に話すことが出来たのは「最近、星羅とギクシャクしている」という嘘だった。「とっくに別れた事になってた」とは言えなかった。


 野暮な質問攻めもなく、ただ「お弁当の事はどうなってるの?」と聞かれたので、「作ってくれてるのは星羅のお母さんだから、そっちで聞いてよ」と逃げた。


 母親は「一応ビールだけは用意しとくから、ケジメはアンタがつけなさい」と逃がしてはくれなかった。


 それからの日々の生活で、彼女の姿を見る回数は激減した。

 たまに見かけるのは副会長との、これをキッカケにしたのか、随分とオープンな交際風景だけになってた。


 笑顔で変わらず綺麗な彼女に、心が掻き毟られていた。心が痛かった。


 助けを求めるように部活の仲間達と詳細に相談したが、俺と彼女が交際していたことはほぼ知られておらず、逆に驚嘆した。ステルス交際は嬉しくもなく大成功だった。


 俺が持てなかった視点として参考になったのが「自分の二股交際で、悪者になりきれなかったから逃げた」というものだった。


「話を騒ぎ立てると、ストーカーで訴えられる」と笑うと、皆も苦笑いで「黙っとく」と「いつでも味方になる」と約束してくれた。


 やりきれない日常を過ごし、9月の末、気が重い「お弁当のサイクル」を迎えた。


 冷蔵庫の前で逡巡しながら、最終的にビールを持って彼女の家に向かったのが、

 あの「第1話の冒頭」である。


 ――― これから語るのが、その「第1話のその後」の話だ。


 *

 **

 ***


 非常階段を下りて家に戻る。


 部屋のベッドで寝転び、天井を見上げる。


 静かな部屋に、ギシッ、ギシッと響く小さな音。

 俺は身じろぎもせずに息を詰めていた。


 同じ間取りの子供部屋。ベッドの位置も同じだったことを思い出す。


 こんなにも近くて、いつでもそばにいた筈だった。


 まだ夕焼けに早い西日の明るさに、恥ずかしがっていた彼女を思い出す。

 こんな明るい時間では、カーテンを閉めても絶対に拒否していた。


 リズミカルな音に合わせるよう、手に持った照明リモコンを、壁にコンコンと叩く。


 ♪上を 向いて いるの に 涙 は 溢 れる

 ♪信じ て いたの に 裏切 ら れた

 ♪音が 下に 響く のを 忘れ て いた の か 知って て いる の か


 ワケの分からない即興の歌詞を口ずさむ。もう可笑しくなっていた。


 2分くらいで天井のリズムは途切れ、すぐに再開する。


 ♪体位を何度も変えて、楽しんでいるのだろう、そのベッドで


 ♪馬鹿な奴だ。他人ヒトのお下がりに、喜んで腰を振っているのか


 ♪あぁ、馬鹿はもう一人居るな、臆病な卑怯者でも振ってるな


 ♪ふたり腰を振って、俺もフッているのか、地球も回るワケだ


 好調にも、湯水のように「歌詞」が湧いてくる。


 30分程で決着したのか、もう音は聞こえなくなった。


 リモコンを撫でてオンオフが効くことを確認し、


 腹に据わった澱をクソで流すことにした。


 鬱勃起はしてない。安心した。




――――――――――――――――――――

下品回です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る