最終話

 昔々、あるところにドジな大学生がいました。


 当時、まだケータイの主流はスマートフォンになっておらず、その大学生は折り畳み式の(のちにガラケーと呼ばれる)ケータイを使っていました。


 そのドジな大学生は、慣れない酒に酔ったまま歩道橋を歩き、下り階段の途中で足を踏み外してしまいました。


 階段を転げ落ちただけならまだマシだったでしょう。彼女はバランスを崩した際に手すりを掴もうとして、勢いよく手すりをしまったのです。


 そのドジな大学生──川上かわかみ乃々ののの生涯は、その転落死により終了しました。


 なお、彼女は転落の直前、ケータイを放り投げてしまっていました。彼女の死後、家族や警察がその携帯電話を探してはみたものの、結局、発見されずじまいでした。


 そのケータイは道路沿いの緑地エリアに落ちていました。雑草がうまく隠してしまっていて、見つかりにくくなっていたのです。



 ***



 雨が降っていました。雨粒はケータイに容赦なく降りかかります。


 そこに一人の人間が近づいてきました。小学生、それも低学年くらいの、まだ幼さが残る少年です。


 彼はケータイの前に立つと、しばらく無言のまま立っていました。なにかが見えていたわけではありません。誰かが見えていたわけでもありません。ただなんとなく可哀想に思えた──ただそれだけの理由で、彼は足を止めていたのです。


 そして少年は、自らの傘を置きました。雨からそれを守るように。


 彼はそのまま去ろうとしましたが、傘に背を向けた瞬間、女性の声が彼を引き止めました。


 彼は振り返ります。


「ありがとうございます。この傘、少しだけお借りしてもよろしいですか?」


 女性は、少年の傘をさしたまま言いました。


「うん。その傘ボロいし、使い終わったら捨てても良いよ。親に怒られるけど、無くしたって言うから」


 彼の言葉に、女性は首を横に振ります。


「いいえ、必ずお返しします。何年かかっても、何十年かかっても、必ず──」



***



 私は思い出しました。私は死んでいることを思い出しました。彼を探して十年以上も街を彷徨さまよっていたことを思い出しました。


 私は蒼平さんと結ばれないことを理解しました。だって私は十歳以上も彼より年上です。ハートマークをばら撒いている場合ではなかったのです──もとい、私は幽霊なので、生きている蒼平さんとは叶わぬ恋だったのです。


「蒼平さん。送るのはここまでで良いです」


「え──あ、もしかして失礼なこと訊いちゃったかな。そうだよね、女性に年齢を訊くとか」


「そうではなくて、あの、蒼平さん。ありがとうございました」


「うん? どういたしまして」


「私、蒼平さんのこと好きです。、好きです」


「うん、どういたしま……今、好きって言った?」


「蒼平さん。最後に一つお願いを聞いてくれませんか?」


「うん、うん……? 聞く、聞くよ、聞くけど。最後って?」


「この携帯電話、ついさっき壊れてしまいました。だから捨ててきて欲しいんです」


「捨てる?」


「処分方法はお任せしますが、再生不要なほど粉々にしてください。お願いします」


「それは自分でやれば──あれ? ……乃々さん。どこに行ったの? おかしいな、今まで目の前にいたのに」


 蒼平さんは地面に落ちたガラケーを拾いました。冷たいケータイに、彼の体温が少しずつ移ります。



***



 三ヶ月が経ちました。


 この蒼平という男、幽霊に対しては本当にだらしない。今、彼の部屋には幼女(花子さん)、女子高生(首無しさん)、そして大学生の私が常駐しています。どんなハーレムですか!


 彼はなかなか私のケータイを処分してくれません。彼の部屋の棚には呪われていそうな謎のアイテム(捨てても戻ってくるタイプ)がたくさんあるのですが、私のケータイもその中に混ざってしまっています。


 私は三日に一度くらいの頻度で彼の夢に出て「早くケータイを捨ててきてください!」って言うのですが、彼は目を覚ますと忘れてしまいます。


 起きている彼の前に現れてお願いしないとダメそう。でも、はっきりと好きって言っちゃいましたし、気まずい……。




【終わり】

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求ム! 幽霊汚染された彼の家を綺麗にする方法。 猫とホウキ @tsu9neko

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