第3話

 もしかして、この蒼平という男──霊感が強くて、幽霊を引き寄せるタイプの人間なのでしょうか。そうだとすれば、本人にも自覚はあるはず。


 そう思って、それを彼に尋ねたのですが、「俺って霊感ないし、幽霊とか見たことないよ。まあ怖いから見たくもないけどね」と、ナチュラルに返答されてしまいました。


 音楽の件だけでなく、彼の話にはときどき不自然なモノが混じっています。つまり高頻度で洒落怖事案洒落にならない怖い話に遭遇している可能性があるわけで、霊感を自覚しないまま生きるというのは難しいと思うのですが……。


 もし本当に気付いていないとすれば、もはや鈍感という言葉で片付くレベルのものではないでしょう。異性から好きだと言われても告白されたことに気付かない異次元レベルの鈍感です。


 実際、そのレベルの鈍感だったのですよね、彼は。霊感は最強、鈍感も最強──蒼平さんはそんな男だったのです。だから彼のおうちは酷い有様ありさまでした。



***



 首都圏で一人暮らしをしている彼の家に、私は遊びに行くことになりました。恋心は爆発もしないままドロドロに溶けて、すでに手遅れなほど炉心融解ろしんゆうかいが進行しています。


 蒼平さんは大学生です。恋人はいないそうですが、痕跡がないことをしっかりと確かめなければいけません。彼は優しいし、それにつけ込んで悪い虫が付いていないとも限りませんし。


「はい、上がって」


「ありがとうございます」


 二階建てアパートの一室。聞いたところによると、他の部屋の住人は全員出て行ってしまい、すべて空室だそうです。蒼平さんの霊感が絡んでいそうですね……。


 兎にも角にも、私は彼のおうちに侵入することができました。部屋の中は綺麗に片付いており、掃除も隅々まで行き届いています。


「座ってて。お茶出すから」


 座布団の上に座ります。私はすぐ近くにあるベッドを見て、『もし押し倒されちゃったらどうしよう!』なんてことを考えながら、大量のハートマークを空気中に放出し、地球温暖化に貢献しながら彼が戻ってくるのを待ちます。


 やがて彼はお茶とお茶菓子とともに私の前に戻ってきました。緑茶に煎餅。チョイスが渋くて、素敵です。



***



 小一時間ほど、彼の部屋で何事もなく過ごしていました。


 あとになって思えば、だけなのでしょう。そして最後まで何も起こさないというのも、彼女たちには難しい課題だったようです。



***



 私はお茶を飲んだせいかトイレに行きたくなってしまいました。


「おトイレをお借りしてもよろしいでしょうか」


「うん。場所は分かるよね」


「はい」


 彼の許可を得て部屋を出ると、すぐそこにある個室トイレに入ろうとします。


「あれ?」


 ガチャ、ガチャガチャ。


 ドアノブをひねるも、ドアが開いてくれません。どうやら鍵がかかっているようです。


 でもそれはおかしい。だってこの家には私と蒼平さんしかいないはずです。蒼平さんは部屋にいますし、だからトイレに誰か入っているなんてことはあり得ません。


 開け方が悪いのかと、ドアノブを何度もガチャガチャとさせ、なんとか回そうとしてみましたが、開く気配はなく、私は諦めて蒼平さんに相談しようとドアに背を向けました。


 そのときです。


 ガチャリという音。ギィィィとドアがゆっくりと開く音。私は恐る恐る振り返りました。


 小学校高学年くらいの女の子が立っていました。料理用なのか──殺人用ではないと思いたいですが、その少女は右手に包丁を持っています。


「おばさん。ノックくらいしてください」


「おば……」


 少女はそう言うと──私が「おばさんじゃなくてお姉さんですよ」と言い返す前に──私の横を通り過ぎて、蒼平さんのいる部屋に入っていってしまいました。


 いろいろと意味が分かりません。なにが起きているのでしょう。混乱したまま、私も彼女を追って部屋に入ります。


「蒼平さん! 今、包丁を持った女の子が──」


 そして見てしまいました。先ほどの少女がベッドに腰掛けて指先で包丁をくるくると回している様子と、首無し女子高生JKさんの姿(制服はブレザータイプ)と、彼女たちに目もくれず平然とお茶を飲んでいる蒼平さんの姿を。

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