第2話
恋愛衝動。それは消極的なはずの『私』をも突き動かし、彼へと電話をかけさせます。
蒼平さんはいつも電話に出てくれました。彼との電話越しの会話は、取り留めのない内容ばかりでしたが、それでも私にとっては紅茶付きのケーキよりもはるかに甘くてとろける時間でした。
電話だけでは飽き足らず、私は身勝手にも彼に会いに行き、その隣を歩きました。
しかしある日、彼の──その取り留めのない話の中に、『
***
「気に入ってる曲があってね。歩きながら聴いているんだ」
「そうなんですか? どんな曲なんですか?」
「歌って想いを届けるみたいな、そんな歌詞の曲」
「それだけじゃよく分かりませんが、でもきっととても素敵な曲なんでしょうね」
「そう、素敵な曲なんだ。でね、いつも同じ動画サイトで、いつも同じチャンネルで聴いているんだけど」
「はい」
「日によって、合唱? 二人とか三人とか、男とか女の人の声が重なり合っててね、楽しいんだよ。それもいつも違う声なんだ」
「それは毎回、違う動画を見ているのではないでしょうか」
スマホすら持っていない私は、動画サイトというものをあまり詳しくは知りません。しかし蒼平さんの言っている動画というものが、作成済みコンテンツ──生放送ではないということは理解しています。
つまり同じ動画を見ている限り、内容が変わるなんてことはあり得ません。
「同じ動画だよ。ブックマーク付けてるし」
「じゃあ、おかしいと思いますけど。でも楽しそうですね、いつも違うバリエーションが聴けて」
私は深く考えずにそう言いました。そして──少しも楽しいことではなかった──その真相を知ったのは、まさに音楽を聴きながら歩いている最中の彼を発見したときのことでした。
***
ある日、道を歩く蒼平さんを見つけました。
彼の周囲には男が二人、女が二人います。その合計四人は蒼平さんの耳元に顔を近づけて、歌を歌っています。合唱です。楽しそうです。でも奇妙です。不気味です。異様な状況にもかかわらず、蒼平さんはまったく気にしている様子がありません。
私は蒼平さんの隣まで来ます。彼はスマホで音楽を流して、イヤホンで聴いているようでした。
この周囲にいる男女は何者なのでしょう──と思ったら、もう誰もいませんでした。
消えた。あるいは最初から誰もいなかった。私は幻覚を見たのでしょうか──いや、違いますね。私は蒼平さんの言葉を思い出します。
『日によって、合唱? 二人とか三人とか、男とか女の人の声が重なり合っててね、楽しいんだよ。それもいつも違う声なんだ』
蒼平さんが音楽を聴いていると、近くにいる幽霊が寄ってきて、音楽に合わせて歌っている?
こんな想像はしたくありません。幽霊だなんて言いたくありません。でも正解なのでしょう。何故なら、消えてしまった四人のうちの一人は、もう体の大部分が無くて──
私は悲鳴を上げました。
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