求ム! 幽霊汚染された彼の家を綺麗にする方法。

猫とホウキ

第1話

 私が彼──蒼平さんと出会ったきっかけは、雨でした。ありがちなのかレアなのかは分かりませんが、傘もささずにいた私に、彼は傘を貸してくれたのです。


 その後、ずっとずっと傘を返そう返そうと思っていたのですが、連絡先も分からず、再会もできず、なかなか返す機会が訪れませんでした。


 もう会えないと思っていました。しかし運命はクリスマスの夜に待っていたのです。


 寒空の下、イルミネーションできらきらな街中を、私は一人きりで歩いていました。そこでばったりと──こちらに真っ直ぐ歩いてくる彼を見つけました。


 クリスマスの人波は、私をけてくれません。しかし彼だけは、よろよろと歩く私の前でぴたりとまってくれました。


「大丈夫?」


「あ、あ……」


「ここだと危ないね、はしに寄ろうか」


「はい……」


 私が彼に恋をしたのはいつだったのか。出会ったときなのか、それとも再会したときなのか。とにかく聖なる夜は、私の恋心を祝福してくれているようでした。



***



「傘を返したかったんです」


 空席のある喫茶店を見つけ、二人で入りました。彼は青色のマフラーと灰色の上着を脱いで、それを椅子横にある荷物入れに仕舞います。


「そうなの? ボロかったし、捨ててくれても良かったのに。あ、君、なにを飲む?」


「あの、えっと」


「奢るよ」


「え、良いのでしょうか」


「クリスマスに女の子と割り勘だなんて、妹に怒られちゃう。ほら、遠慮しないで」


「う、ありがとうございます。ではホットココアを」


「了解」


 彼はウェイトレスさんに声をかけると、ホットコーヒーとホットココアを注文します。


「傘ですけど、また会ったら返そうと思って、いつも持ち歩いていたのですけど、壊れてしまって……。せめて謝りたくて」


「いつも持ち歩いていたの? そっか、それは大変だったね……って、今持ってるその傘のことだよね。確かに文句のつけようのないくらいに壊れてる」


「はい。ごめんなさい」


「謝らなくていいよ。ほら、俺はちゃんと返してもらえたわけだし」


「え?」


「それ受け取るよ。ありがとう」


 蒼平さんは、もう使い物にならない──修理も難しい状態の傘を、私の手からなかば奪うようにもぎ取りました。


「これで貸し借りはなし、もう俺を探して街を彷徨さまようこともないね」


彷徨さまようだなんてそんな……。言い方が酷いです」


「ごめん、でも人混みに踊らされている様子は可愛かったよ」


「は……!? はい……」


 男の人から可愛いだなんて言われたのは、いつ以来でしょうか。今回のは『女として』可愛いって言われたわけではないですが、私にとってそんな些細な(?)事実は重要なことではありません。


「夏だったよね、傘を貸したの。覚えてるよ」


「はい……。本当に嬉しかったです。あの、えっと──その、なんてお呼びすればよろしいでしょうか?」


「名前? そうへい。草冠のあおたいら蒼平そうへい。君は?」


「のの。『及ぶ』から逆向きのノを抜いたを二つ重ねて乃々ののです」


「面白い説明をするね。乃々さん、よろしく」


「乃々さん……」


 名前を呼ばれただけなのに、私の頭は沸騰しそうなほど熱くなっていました。



***



 喫茶店では(私がどうしてもとお願いして)電話番号を交換しました。


「まだガラケーって使っている人がいるんだ。それになんていうか……よく動いているね」


「確かにこのケータイ、ボロいですよね」


「あ、そういう意味じゃ……」


「大丈夫ですよ。まるで壊れて捨てられたケータイを拾って使っているみたいなほど酷いのは知っていますから」


「あ、うん。物を大切に使うのは良いことだ」


 彼は誤魔化ごまかしたりお茶を濁すのが苦手な方のようです。それは私に、とても誠実な印象を与えました。



***



 だから彼──蒼平さんが、あんなにも人だとは、夢にも思わなかったのです。


 女に対してではありません。です。

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