第27話:真なる魔
バスターとシャクリンが西方教会本部へと続く地下通路に入り、数分が経った。警備の者はこれまで4人出会ったが、彼らが他の者へと連絡する前にバスターが無力化した。バスターとシャクリンは彼らの鎧を奪い、縛り上げるとさるぐつわをした。こうして奪った鎧を装備してバスター達は通路を進んでいく。
「ここは……多分大聖堂の奥、聖殿のさらに奥だと思うにゃ、まだ暗いけど階段上がったからもう地上のはずだにゃ」
「聖殿?」
「聖殿は人の出入りが厳しく制限されてるらしいにゃ。アレンコード教の上層部とか、許可を得てるものしか入れないって聞いたにゃ。けど……どういうことにゃ? 聖殿のさらに奥があるにゃんて……それよりだんにゃ、聞こえるかにゃ? 人が話してるにゃ」
シャクリンがちょいちょいと壁を指差し、壁に耳をそばだてる。壁はシャクリンが聖殿があると言った側、つまり……これは聖殿内での会話ということになる。
「モウス神従主、なぜ私を謀った! バスターは真なる勇者だった。あなたが言うような偽勇者ではなかった! あなたは神の、神命が下ったと、そう言った!! それが本当に神命であるのなら、間違うはずがない!! あなたは、神の声が聞こえていない!!」
「この不届き者が!! 西方の頂きであるわたくしに何たる言い草、教会、ひいてはアレンコード様への不信であるぞ。そもそも、バスターが偽勇者でなく、本物の真なる勇者であることなど知っておるわ! あやつが本物か偽物かなど、どうでもよい」
「この声……シャアプか。そんで相手は神従主、モウス神従主……へへ、こりゃあ好都合だ」
「お、大物だにゃ……」
聖殿での会話は、シャクリンだけでなくバスターも聞き取ることができた。シャアプは神従主を詰めているようだ。
「何……? 本物か偽物かどうでもいい? それはどういうことですか!!」
「あの者は我々国教にとって邪魔な存在。国教を滅びへと導く邪悪な存在なのだ。よって早急に排除する必要があった。ヤツが本物の真なる勇者であっても、殺す必要があったのだ。だがシャアプ、お前は失敗した。力が足りなかった……所詮は心の壊れた子供が年を重ねただけ、心は弱いままだった」
「貴様ッ!! 何が不信だ! 神の言葉を騙る貴様こそが不信! このことは他の教会本部にも伝えさせてもらう」
「ははは、無駄ですよ。お前はもう誰にも信用されない。元々人付き合いが極端に苦手で、変わり者だと思われていた、それが真なる勇者に敗北し、唯一のプライドである強さ、最強であるという自負を打ち砕かれた。だから完全に壊れて、頭がおかしくなった。そんな噂話をみんな信じる。お前を信じる者達を、お前は作らなかったから、だーれもお前を信じることはない!! 例えそれが真実であったとしても! 人は過去という説得力を見るのだ! 言ってみろ!! お前の過去に! 人に愛される要素が一つでもあったか……!」
「……っ!? そ、そんな……そんな馬鹿な。私は中央聖騎士団の団長だぞ? その私の言葉を誰も信じない? そんなこと、ありえるはずが……」
「お前が聖騎士団の団長でも、わたくしは神従主です。きっと他の神従主もわたくしを支持することでしょう。民は真実よりも権威に従う、それにお前は人に愛されていないからね。もう終わったんだよシャアプ、お前は中央聖騎士団団長の立場を失い、投獄され、何もかも失う。もう生きてる意味ないだろ? ここで自害しろ」
──カランカラン。モウス神従主が儀式用の短剣をシャアプに向かって放り投げた。シャアプはその短剣を見つめた後拾う。そしてその切っ先を自分の首へと向ける。
「──バカが。誰もお前を愛しちゃいないだって? 人は過去という説得力を見るだって? ぜーんぶ間違ってるよ。だっていまオレがここにいる」
「なっ、バスター!? なぜここに!?」
首を切ろうとするシャアプの手、短剣をバスターが手のひらで包んで止める。バスターは警備兵から奪った兜を脱ぎ捨て、シャアプの顔を見た。
「知らねぇのか? この教会と大娼館を繋ぐ秘密の通路があんだよ。その通路を使って、国教の奴らの一部が悪さをしてるんだ。普通の人間が入れないこの聖殿も、そんな悪の秘密通路と繋がっていた。だからこうやって隠し扉を使って普通に入ってこられた。これがどういうことか分かるか?」
「お、お前がバスター……!? 真なる勇者なのか……?」
モウス神従主、色白のハゲが狼狽える。
「お前の信じるアレンコードを穢し、人々を騙し、悪を行う者がいる。お前が正せ、シャアプ。それができるのは、一度立ち止まって気づくことができたヤツだけだ。このままで良いと思えないヤツだけだ」
「バスター……そんな、私には何もできない!! 誰も私のことなど信じない! 誰も私を愛していないから……!」
「信じるさ。愛されないのなら、まずはお前が人を愛するんだ。なければ作る、それって当たり前のことだろ? 未来を想像しろ、人々に愛され、自分を周りの人々も、みんなが幸福になる未来を。もう未来は変わってきてる、だってほら、オレはお前の友達で、オレはお前を信じてる。お前もオレを信じてみろ。オレは! お前に生きてて欲しい」
「どうしてそんなことが言えるんだ……バスター、お前は……こんな若造に、私の何が分かるっていうんだ……う、うう……」
「寂しい気持ちはよく分かる。お前はそういう顔をしてたから、会ったのも縁だと思ったのさ。深い意味なんてねぇ、必要ねぇ。オレはオレの思うがままに、オレのやるべきことを決める! だからはまずは一仕事! オラアアアアアア!!」
──バシャアアアアア!! モウス神従主の首が飛んだ。バスターが一瞬の内に手刀で両断したのだ。モウスは何が起こったのか理解する間もなく、切り離された。
「き、貴様何を!! 神従主殺しなど、そんなことをすればただでは……」
「はぁ? 先に喧嘩を売ってきたのはこの神従主のハゲだろ? オラぁその責任を取ってもらっただけだ。他の神従主に言っておけ、オレのこの行いに文句があんのなら、その時はテメェらも同罪だってな。なぁ、聞いてんのか? 神従主の護衛さんよぉ! テメェの護衛対象死んじまったぞ」
バスターが叫ぶと黒いローブに身を包んだ者達が聖殿へと入ってきた。
「だんにゃ……こいつらきっと、神従主の護衛じゃないにゃ……多分、シャアプを始末するために用意された……」
「えぇ? でもそうか……あのおっさんじゃシャアプと揉めた時に一方的に殺されるだけだ。始末するならそれ用のつえーヤツが必要。けどウレイア帝国の勇者を倒せるヤツなんてオレ以外にいるもんなのか?」
シャクリンの髪の毛が逆だっている。危険を感じ取っているのか? 何にせよ、この黒いローブを纏う奴ら、普通じゃなさそうだ。
「真なる勇者バスター。お前は新魔王とその軍を倒したらしいな。我らが主はお前の行いにお怒りだ。だからこそ我らが生まれた、お前を倒せと生み出された。お前がいなければ我らが生み出されることもなかっただろう。だから感謝しているぞバスター、我々の誕生を祝福しておくれ」
──バッ、黒いローブが宙を舞う。ローブに隠されていたモノが明らかとなる。それは白と赤、黄金の肌をした人ならざる者。金色と赤の魔術刻印が白い肌の上で蠢いている。この魔術刻印は生きている。この者達の生体反応に呼応するかのように、紋様を変えるのだ。
「──我は真なる魔族、真魔族。我が名を魂に刻め、真なる勇者。我が名はペンドラース、真なる魔王、お前を殺す者だ!!」
新魔族の次は真魔族、真魔王か……やれやれ、この調子では神魔王とかも来てしまうな。それはそれとして、真魔王……こいつがバスターを殺すために創られた存在だとしたら……油断はできない。なぜならば、真なる勇者を倒すために設計されていないであろう新魔王は、間違いなく強かったからだ。バスターが真なる勇者の力に覚醒しなければ、負けていた可能性が高い。
このペンドラースという女の真魔王も新魔王と同じく、特別な力を有しているはず。体表を蠢く魔術刻印を見るに、少なくとも高度な魔法を扱えるのは間違いなさそうだ。
「おい、シャアプ! お前はここから逃げろ。シャクリンはみんなと合流してダンシャルルから逃げろ。ここはもう、地獄と化す……行けお前ら! 時間はオレが稼ぐ!!」
バスターの叫びと共に、シャアプとシャクリンは走り出す。真魔族達と真魔王はそれを止めようともしない。奴らの興味はバスターだけだった。
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