第21話:唐突な進展
「ヒョヒョヒョ! チミは田舎者な上に母親が魔族なのか! これはこの街では生きてはいけんね。悪いことは言わんから、このことはこの街の連中には話さんが吉じゃ。いや興味深いね、この街で嫌われる二つの要素を併せ持つチミだが、言われてるほど悪い存在ではない、むしろ興味深い」
「興味深い? さっきからオレに対してそればっかだなゴムヒモ博士。それって具体的にはどういう所を言ってるんだ?」
「初対面のチミに対してワチシは無礼な態度をとったが、チミはワチシに怒りの感情を向けるどころか、ワチシの好物であるイカ焼きを奢り、好意的に接した。どうにも理屈が通らない、不自然に感じるのだけれど、その不自然は好ましく感じる。今ではこうして、ワチシの自宅に呼んで話すまでに。バスターよ、この疑問に答えてはくれんかね?」
バスターはたまたま出会った禿げたおっさん、ゴムヒモ氏と仲良くなって、今はカトリアと共に彼の自宅へとやってきている。貴族でない者の屋敷にしてはかなり大きく立派で、この”博士”がその道で地位を確立していることがよく分かる。
「あんたが本当にオレに敵意を向けていたなら、オレだって怒ったかもな。きっと、あんたの言う田舎者も、普通ならあんたに怒った、最悪殺し合いになったかもな。まぁ、そうはならなかった理由は二つある。まず一つ、あんたのオレに対する敵意、悪意は偽物だったから」
「偽物の敵意……? なんとも興味深い表現だね」
「あんたのオレに対する言葉、態度には意思が追いついていなかったように見えた。なんつーか、ただの知識止まりというか、言葉の中に熱がなかった。オレがそう感じたのはオレが真なる勇者になった事が関係してるのかもだが……ともかくオレはあんたが本当にオレを嫌っているようには見えなかった。だから普通に接してみたんだよ」
「なるほど、まぁ確かに……ワチシは実験をして実際に見てみないと信じないからね。チミのような人種とちゃんと話したことがなかったから、それは実験をしていないのと同じ。ダンシャルルの常識を元々疑っていたんだね。じゃあもう一つの理由は?」
「もう一つは、あんたらの言う野蛮な田舎者でも喧嘩を避けるルールがある。喧嘩になる可能性がある場所にはそもそも行かない。そしてそれでも、そんな可能性のある場所に行くのなら、覚悟を決める必要がある。その覚悟ってのは、自分との戦いだ。喧嘩になると分かりきってる場所で喧嘩をしちまったら、そいつは自分が悪い。だから自分を悪にしねぇために、覚悟を持って挑んだら、己の怒りと戦って、勝つんだ。もちろん最初から喧嘩するつもりで行くんなら別だけどな」
「己に勝つ、ふむ……武人の多い地域らしい考え方だね。そしてこれは合理的な棲み分けの法であり、君達独自の文化、ルール内での善悪がある。そうか、プライドが重要なのだね、チミ達の中でも悪を行う者はプライドを失った者、落伍者。そして我々と決定的に違うのは命の捉え方か、チミ達の中では、人の死は当たり前で、そこの感覚が麻痺というか、緩いんだなこれは。環境への適応と考えれば、このダンシャルルが元は戦士の土地でチミの地元と同系統だったのが、変わり果てて今は学者の土地であることも……また自然なことなのか」
「えっ!? ここって戦士の土地だったのか!?」
「そうじゃよ? もしかするとこれは反動なのかもね……かつて野蛮であったから、それに対して過剰反応しているのかも。過去の自分達に戻ってしまうことを恐れているのか……」
同族嫌悪、内なる野蛮な心を抑えつけるために、敵意と悪意で己を欺く……不可思議だな。戦士の土地であったダンシャルルに、誰がそんな入れ知恵をした? この地を環境を、誰が変えたんだ? 戦士が消えて、学者になる程に。
「──ワロープ・チェイン・ゴムヒモ、ドランボウ・サイモア・グラム・バスター。この屋敷は聖騎士団によってすでに包囲されている。抵抗せず大人しく出てきなさい」
屋敷の外から声……? 大きく凛々しい女の声だ。聖騎士が……ここに?
「あああ、どどど、どうしよう! 外に出ないと! バスター君これはどうしたらいいね……? 君はこういうの慣れてるんじゃないの?」
「いやゴムヒモ博士、オレは今まで地元で権力に守られてきたから……そういうのは慣れてねぇぞ? けど、そうだな。あんたこの屋敷と名誉を守りたいか? それとも命、どっちが大事だ?」
「え!? そんなこと急に言われてもね、どっちが大事かなんて、分からんよ~~!! 助けてくれバスター君! あああ~~ッ!!!」
完全にパニックとなり涙目なゴムヒモ博士。それを見てバスターは頭をポリポリと掻く。
「全くしょうがねぇな。両方大事か、だったら両方守ってやらねぇとな。大人しく屋敷を出るぞ」
「えっ!? いいの!? 屋敷から出ても、捕まっちゃうんじゃないの?」
「まぁ成るように成る。約束しとく、オレはあんたは絶対に見捨てない。だからあんたもオレを信じてくれ」
ゴムヒモ博士は唾を飲むと、緊張した面持ちでバスター、カトリアと共に屋敷の外へと歩き出した。
「あんた聖騎士の偉い人? なんの用でオレらを包囲なんかしてんだ? 遊びや脅しじゃ済まねぇぞ?」
聖騎士の包囲……そうか、バスターは街中でデカい声でゴムヒモ博士と話していたものな。田舎者嫌いの他の住民が聖騎士に通報したってところか? けどどうしてだ? 何故バスターを狙う?
「──若造が、これが脅しに見えるのか? 真なる勇者を騙る、偽勇者が! バスター、カトリア、お前達は国教に対する侮辱、反逆罪で逮捕する。そして反逆者を匿った罪でゴムヒモ博士、あなたも逮捕する」
この女が今屋敷を囲む聖騎士達のリーダーか。黒髪に黄金の瞳、長身でスラッとした印象の女騎士。鎧は薄そうに見えるが……これはかなり高度な魔術処理のされた高級防具だな。この時代では殆ど見ることがないモノ、少なくとも俺がバスターと共に下界を見るようになってからは、スミスが持っているのと、皇帝の界球の中にいた武人貴族連中が着ているのしか見たことがない。
「ゴムヒモ博士はオレを匿ってなんかいないぜ? 博士は単に田舎者や魔族に対する目が、他の奴らよりも穏やかで、オレを人間扱いしただけだ。一緒に飯食って、世間話をしただけ。なぁ聖騎士さんよ、名を名乗れよ。オレはドランボウ・サイモア・グラム・バスター。武の地オーグラムの子、英雄スミスと魔族の姫、ナイネムの子、真なる勇者だ!!」
「チッ、我が名はアレンガルド・アルカル・フラガラッハ・シャアプ。我が神アレンコードに全てを捧ぐ者、国教聖騎士団団長にして、神敵を滅ぼす者」
いやいやアレンコードに全てを捧ぐ者て……俺はバスターと敵対しろなんて言ってないし、そもそも神として崇めろなんて言ってない……むしろ崇めないで欲しいんだがなぁ。俺に従う者だと言うのなら、今すぐバスターに構うのはやめて頂きたいものだ。
「フラガラッハ……? 待てよその名前……オレでも知ってるぞ。最強格の神器の一つ、フラガラッハに認められ、その手に収めたウレイア帝国三勇者の一人。美しい女騎士と聞いていたが、それは噂通りみてぇだ」
「はっ!? えっ!? きき、貴様いきなりこんな場で何を言っている!! 殺すか殺されるかの中で女を誘うとは貴様野獣か!?」
威圧的な態度からいきなり容姿を褒めるバスターに不意打ちをくらい、狼狽えるシャアプ。それと同時にバスターの背後にいる女は敵意と嫉妬の目をシャアプに向けた。こわ……
「安心しろ。オレは美しいだけの女には興味がないし、オレは一人の女を愛すると決めてるからよ。お前を狙うのはありえねぇ」
「はぁ!? だけとはなんだ、だけとは! 私に中身がないとでも言いたいのか!? くそ……どいつもこいつも、勝手なことばかり言って」
顔を赤らめるカトリアとキレるシャアプ。バスターは無表情だ。ゴムヒモの顔はパニックモードど真ん中だ。
「あんたに聞きたい。あんたオレが人間に見えるか? 人として扱えるか?」
「はぁ? どう見ても人間だろう? 全ての人間は同じだ、神に逆らうのなら滅ぼすだけだ」
「そうか。ならあんたを信用して、捕まってやる。ただし捕まるのはオレとゴムヒモ博士だけだ。博士は己が身の潔白を証明できる。博士、こいつらに聞かれたことは全て素直に答えていい。あんたはオレを守らなくて良い」
「私を信用するだと? そうするだけの根拠がどこにあったのやら……しかしバスター、捕まるのは自分と博士だけだと言うが、お前の後ろにいるカトリアは捕まらない、捕まえさせないと言ったように解釈できるが?」
「ああ、そうだぜ? カトリア!! お前は逃げろ!! 猫達と合流しろ!!」
「で、でもバスター! バスターが捕まっちゃったら……!」
「オレを信じろカトリア!! オレは大丈夫だ! 道はオレが切り開く、いや殴り開くッ!! オラアアアアアッ!!」
バゴオオーーーーーーン!! バスターが地を両の手で殴りつけた。すると両手から二つの衝撃が地を奔った。衝撃は地裂を起こしながら、ゴムヒモの屋敷を包囲する聖騎士達を弾き飛ばして道を作った。地裂の境界で出来た道の中にはまだ無傷の聖騎士がいる。
「オラよ! こいつで仕上げだ!! 加減はしてやる、弱すぎなきゃ死なねぇはずだ!」
バスターは足元から地裂で生まれた土の塊、土玉を拾い、そのまま投げる。
土玉は道の中にいる聖騎士に命中する。その鎧を凹ませ、一撃で戦闘不能へと追い込んだ。
「バスター、頑張って! わたしも頑張るから! 絶対、絶対、無事でいて!」
──チュ。
え? ええええええええええええ!???? カトリアがバスターの頬にキスした、だと……? そんな馬鹿な……バスターとそういう感じになりかけると、いつも茹でダコ状態になってバカになるカトリアが……何故だ?
まさか……今が追い詰められた状況だから、恥ずかしいと感じる余裕がないのか? ともかくカトリアはバスターの頬にキスをしてそのままバスター製の道を走って逃げていった。
カトリアによりキスされた頬を、バスターはさすさすしている。心ここにあらずといった感じで、状況の認識がうまくできていない感じだ。そりゃあバスターだってびっくりするよ。俺だってびっくりしたもん。
「ムキーーッ!! 私の前でイチャつきやがって! 私への当てつけか!? 意地でもあの女を捕まえてや──」
「──だからさせねぇって。お前の相手はオレだ、オレを見てねぇと、すぐに終わっちまうぞ?」
──ガゴオオオオオオン! バスターの拳とシャアプの剣が交差し、火花を散らす。カトリアを追おうとしたシャアプに対しバスターは一瞬にして距離を詰めた。
まるで瞬間移動をしたかのように錯覚する不自然な起動──
広大な帝国領土に当然多くの民が存在している。いくつもの国が取り込まれてできたのが帝国ならば、人も取り込んだ国の数だけ存在している。そしてウレイア帝国は、12の国を取り込んでいる。そんな帝国の人々の仲間意識、思いの力が集結した存在──それが帝国の勇者、三人のうち一人、即ち国4つを背負う力。
バスター、シャアプは、こいつは手強いぞ。
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