第20話:国教の街
処刑した大臣、セステスの領地ダンシャルル。しかしダンシャルル、神器シャルルを信仰する土地だったということか……あまりシャルルらしくない土地だ。シャルルは好戦的で賢く、戦士的な文化を好んでいた。けれど現在、このダンシャルルには戦士的な要素はまるでない。学者や法学者、商いの街となっていて、多くの図書館や魔導具店が存在し、戦士達の鍛錬の場を追い出したかのようだ。
町並みは美しいというよりは機能的で暮らしやすそうではあるがロマンがない。つまらない都会、そんな感じだ。俺がそう思うように、バスターの街を見る表情も、無感動でつまらないものだった。
「本がいっぱいあるなら本好きな奴らの街かと思ったら……こいつら本を読んでも全然楽しそうじゃないな。まるで何かに追い立てられるように、義務で本を読んでるみてぇだ」
「バスター、なんか街の人達、領主が処刑されたっていうのに落ち着きすぎじゃない? 普通なら危機感を抱きそうなものだけど……領主の死よりも気になる、不安なことでもあるみたい」
カトリアの言うことはもっともだ。ダンシャルルの人間は落ち着いている……どうにも違和感がある……
「確かに変だ。よし、ちょっと聞いてみるか! おい、お前ら領主のセステスが処刑されたって知ってるか? なんだってお前らこんな落ち着いてんだ?」
バスターが図書館から出てきたばかりの男の一人に話しかけた。男はバスターを無視して通り過ぎようとするが、バスターはそれを許さない。バスターは男の進路を塞ぐように仁王立ちする。
「なんなんだねチミは。さては余所者だね? この土地ではこんな野蛮的な者は見かけない。仕方ない、教えてやろう。我々が落ち着いている理由だがね、それはセステス様が死んでもその息子が領主代理として、すでにご活躍されているからだ。それに皆、自分の仕事で忙しい、領主が死んでも、我々の労働は無くならない、仕事をこなすので精一杯だ」
「はぁ? 領主の息子が代理で統治……そんなスムーズに代替わりできるもんなのか? つーかお前ら、皇帝はセステスの息子がこの領地を引き継ぐことを認めてねーぞ。セステスの息子はこの地を統治する権限を持ってない」
「なんだって? それは本当かね? けれどおかしいね、国教会はセステス様の息子、セルテル様を次代領主として認めていると聞いた。アレンコード教の
神従主? 聞き慣れない言葉だ。神に従う者の主、神に従う者というのはおそらくアレンコード教の信者のこと、その主ということは……アレンコード教の最高司祭、トップということか? しかしこれは問題だな、アレンコード教が勝手に動いているということになるからな。元々キナ臭い宗教だとは思っていたが、この感じだと、アレンコード教は皇帝の政治にも意見できるぐらいの影響力を持っている可能性が高い。
「知らねーけど、そうなんじゃねーの? じゃあそのセルテルってのはアレンコード教と仲が良いのか」
「はは、チミはまるで何も知らないのだね。仲が良いなんてもんじゃない、このダンシャルルは元からアレンコード教と密接に結びついた領地、アレンコード教との取引、アレンコード教への寄付額が最も多い地だよ。アレンコード教の上層部にはダンシャルル出身者も多い、だからこの土地は国教に守護されておるのだよ」
「ほーん、にしちゃあ変な街だな。宗教との繋がりが強い割に芸術が発展してねぇ、オレの地元じゃ神器教が盛んだが、ど田舎なオレの地元よりも芸術が発展してねぇとはな」
「芸術は芸術の専門家に任せるが吉、芸術が必要になったら帝都の業者に外注すればいいだけのこと。効率的な分業が社会を発展させるのだ、分からんかね? まぁわからんか、野蛮な土地の者には」
処刑されたセステスも田舎者、野蛮人をやたらと見下していたが、もしかするとこのダンシャルルという土地自体が田舎者を見下すお土地柄なのかもな。しかしあれだな、バスターは野蛮人と言われてもあまり怒らないな、バスターがセステスにキレた理由も野蛮人煽りされたからじゃなく、母親を侮辱されたからだ。
も、もしかして……バスター、野蛮であることを誇りだとか思ってる? こう荒々しいイメージが戦士的には、強いと言われているみたいで、あんま嫌な気がしないとかそういう?
「なるほどな~もしかしてダンシャルルって田舎者嫌いばっかなのか? だとするとあんたは結構良いやつだな、ちゃんとオレと話してくれたし」
「はっ!? なんとも気持ちの悪い田舎者だねチミは……まぁ実際そうかもね。ダンシャルルは田舎者や魔族に対する差別感情が強い。これはひとえに関係の深い国教のスタンスがそうだからと言えるだろうね。ワチシはあまり熱心な国教信者ではないから、幾分かマイルドなのだろう。それよりチミはなんだか面白そうな雰囲気をしているね。どうだ、少しワチシと話さんか? ワチシはワロープ・チェイン・ゴムヒモ。チミはなんというのかな?」
ゴムヒモ、なんとも変わった名前だ。ハゲメガネのおっさんだが、今このおっさんは、図書館から出てきた時よりもいい顔をしている。好奇心で目を輝かせて、バスターの顔を見ていた。
「オレはドランボウ・サイモア・グラム・バスターだ。もちろん話すのは構わないぜ、オレとしても話の分かるヤツとの会話は望むところだ。よし! おっさん、好きな飲物とか食い物あるか? せっかくだから奢ってやるよ」
「えっ!? いいのか? 結構高いぞ? ワチシの好きなもんは」
「いいのいいの、これも何かの縁だぜ! オレも丁度腹減ってたからさ」
「ほほぉ、これは太っ腹。これも野蛮の地の文化、気質だとすると、野蛮も案外悪くないのかもしれんね」
こうしてバスターは幸運にも対話可能な現地人との接触に成功した。これはきっと、本当に幸運なことだ──何故なら、大きな声で話すバスターを見る、他のダンシャルルの者達は皆、バスターに敵対心、憎しみに近い感情を向けていたから。
100人が敵対心をバスターに向ける中で、敵対心を向けない者をたった一人、バスターは一発で引き当てた。それは単にバスターが幸運だったのか、それとも戦場で敵意と殺意を嗅ぎ分けるドランボウ家の嗅覚が発揮されたのか。ともかく、バスターは100の敵対の選択肢を避けて、一つの平和と対話の選択肢を選んだ。
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