第8話:勇者システム



「だよなぁ! やっぱ次期領主はバスター様しかありえないっしょ! ったく、可愛い人なんだから! ずっとおれ達と仲良くしたくてそのために、あんな強くなるまで頑張ってたなんてよぉ? 全然分かんなかったよな。いっつも喧嘩腰で態度悪いから、普通におれらと仲良くする気がないのかと……」


「そりゃああれだぜ、あの御方は絶望的に不器用なんだぜ! だからこそわいらでそこら辺をカバー、支える必要があんだぜ! 強さは申し分ないから、そこだな! 支えるべきは!」



 バスターが実は最強で、オーグラムの民達に認められ、仲良くなるために秘密裏に自分を鍛え、頑張っていたという話は、とんでもないスピードでオーグラム領を駆け巡った。


驚くほどに極端な掌返し、俺なら苛ついているレベルの領民の顔色の変え方だが、当のバスターは照れくさそうにしつつも嬉しそうにしていた。具体的に言うとニヤニヤしている。


 そんなバスターだが、バスターは今、父親であり、オーグラムの領主であるスミスと話をしている。執務室には半裸状態のスミスが椅子に深々と腰掛けていた。



「父様……オレ、息を切らしても死にませんでした。もしかして、体を鍛えまくった影響で健康になっちゃったんでしょうか?」


「いやまぁ……嘘だからな」


「え? 嘘? どういうことですか? だって父様は嘘つきませんよね? オーグラム男児に嘘はなしってオレによく言っていたではないですか……」


「ああ、言っていた。昔のオーグラムでは実際、嘘をついたものが腹を切ったとかそういう話もあった。だが、お前が虚弱体質で、息を切らすような運動をすれば心臓が破裂して死ぬというのは──嘘だ」


「ええええええええええええええええええ!!?」



 いや、気づけよ……体を鍛えてない奴がちょっと壁を殴っただけで、壁を崩壊させられる……虚弱体質じゃ無理だろ?



「ワシは人生で一度だけ嘘をついた。それがお前についた嘘だ。それ以外で嘘をついたことは一度もない。昔であれば腹を切るようなことだというのは重々承知していたが……まぁ息子のためなら死んでもいいかと思ってな」


「なっ……なるほど……一度だけでオレだけに……そりゃあ気づかないわけだ。オレ、父様は絶対に嘘をつかない男だと決めつけてたから……でも、父様は命懸けぐらいの覚悟で嘘をついたんですよね? 何故ですか?」


「お前も察していることだと思うが……お前は真なる勇者だ。お前が生まれてすぐ、ワシはお前がオーグラムの伝承に伝わる真なる勇者の器であると気がついた。お前は強すぎたからな……お前にワシの指を握らせるとどうやっても抜けなかった。それこそ、お前を殺すほどの力を入れても、抜けなかっただろうな」


「……真なる勇者、勇者ですか……」


「そうだ勇者だ。お前もカトリアの傍にいたのだ、知らぬわけでもあるまい。勇者は国に、共同体に三人までしか存在しない、そういった法則がある。国にすでに勇者が三人いて、四人目が現れた時、その四人目は新たな共同体の勇者ということになる。ようは共同体から独立してしまったという証明になるのだ。その国から心が、忠誠心が離れた証明で、それは国内に生まれた身近で最も危険な敵となりえるわけだ」



 共同体に勇者が三人まで存在する。スミスのこの話は本当だ。俺はよくわからないが、下界にはそういった世界の法則が存在する。生物が生き残るために、その集団を守る存在を作り上げようとした結果だとか、そういう説明を受けたことはある。


ようは仲間意識のある群れに強い奴が三人、もしくは三匹現れるってことで、これは人間に限った話じゃなく、下界の生き物すべてに言えることだ。人間達は動物の勇者のことを王牙おうがと呼んでいるみたいだが、本質的には同じだ。



「そのためこのウレイア帝国も先帝時代はよく、四人目の勇者討伐と、四人目が生まれた領地の没収が行われた。領地の没収と言っても、実情は反逆者とその仲間の討伐……領民の虐殺が起こることも珍しくなかった。カトリアは……カトリアの父がウレイアで、四人目の勇者として覚醒してしまったことが原因でうちの領地に来た。……カトリアの父、レアルドには謀反の意はなかった、不本意な勇者への覚醒だった。はっきり言ってしまえば、先帝の悪政によるしわ寄せの結果だ」


「先帝のせい……そうなのですか?」


「カトリアが元いた領地はな……元は水が豊富な土地だった。だが近くに先帝が好きなぶどう酒を栽培する領地があってな、先帝はその領地を……優遇で済めばよかったのだが……水源をカトリアのいた領地から奪い、ぶどう酒づくりの領地に回したのだ。その結果ぶどう酒の生産量は上がったのだが……カトリアのいた領地は水不足から飢饉へと発展し、農業から狩り、魔物を糧とする領地経営を強いられた。餓えて苦しい日々の中で、彼らの結束は強まり、帝国から心は離れて……勇者が生まれてしまった」


「……そんな……先帝、カスじゃねぇか!!」


「だがカトリアの父もこれはまずいと認識していた。このままでは先帝によって軍が派遣され、領民家族全てが皆殺しにされると。だからカトリアの父、レアルドは帝国に身を捧げたのだ。抵抗せず、領地を明渡し、自らの身を帝国へ引き渡すことで、領民と家族の生命を保証して欲しいと、帝国と取引をした。だからカトリアは生きている……あの者の父親が、命をかけて、守った命なのだ……そんな事実があっても、ワシは結局、カトリア達を余所者として見てしまった。頭ではわかるんだ……だが、なんとなく、心のどこかで、ワシらとは違うんじゃないか? そう思ってしまう……狭量なことだ」


「カトリアはいつも、お父様が命懸けで守ってくれた、お父様は誇り高い人だと言っていた。あいつ……自分の話あんましないから……オレもあいつが話したがらないならいいかって聞かなかったけど、そういうことだったんだな」


「まぁ何にせよ、先帝時代では、そういった勇者狩りが珍しくなかった。治世がうまくいっていなかったし、帝国は領土も広い、忠誠心が薄れ、独立心を持つ者達が生まれる土壌があった。新たな勇者が生まれれば、領地ごと消される。そんな時代に……バスター、お前は生まれた。お前は通常の勇者ではなく、真なる勇者、言うなれば世界勇者とでも呼ぶべき存在。一つの共同体に勇者は三人までという法則から逸脱した存在。だが……先帝がバスターのことを知ればワシらの領地オーグラムは消されるという確信が、ワシにはあった。晩年の先帝は、狂っていた……狂王とさえ呼ばれていたし、ワシが実際謁見した時も……正気ではなかった」



 確かにカトリア関連の話を聞くだけでも、先帝のヤバさは感じる。きっとスミスの直感は正しかったろう。



「だからワシはバスター、お前が真なる勇者として覚醒しないよう、戦いから遠ざけるよう、嘘をついた。先帝が死に、話のできる次の皇帝の時代がやってくるのを待つためだ。お前は幼い頃から気性が荒かった。ドランボウ家は元々気性の荒い男が多かった。ワシもどちらかといえば大人しいとは言えない方だったが、バスター……お前は、なんというか、先祖返りとでも言うレベルで気性が荒かった。お前は憶えていないかもしれんが、お前は二才の頃に人を殺しかけている」


「えっ!? 二才のオレが!? 人を殺しかけたって、本当ですか!?」


「そうだ、オーグラムに商談に来ていた商人がいてな。お前に嫌味を言ったそうだ……それで機嫌を悪くしたお前は、ナイネムに抱かれたまま、商人の肩を掴み、その肩肉と首肉を引きちぎった。すぐにナイネムが回復魔法をかけたから助かったものの、並の回復魔法では助からなかったと聞く。そんなこともあるぐらい、お前は気性が荒く、強かった。戦いの世界に飛び込めば、すぐに武勇を上げて、真なる勇者としての才能を隠せなくなってしまうのは時間の問題だった」


「うひゃー……オレそんな野蛮だったのかよ……」


「だからワシはお前が戦いから遠ざかるように、お前が虚弱体質であると嘘をついた。全ては狂った先帝から、話のできる次世代の皇帝の時代の到来を待ち、真なる勇者、世界勇者としてのお前を、現皇帝、マグニアス陛下に認めさせるため。ワシも、オーグラムの民もウレイア帝国に忠誠を誓っている。敵対はありえない、だから……お前の才能を隠し、時を待つしかなかったのだ。今まで苦しい思いをさせて……すまなかった」



 バスターに対し、スミスが深々と頭を下げる。そんな父をバスターは困った表情で見つめていた。



「父様、謝らないでください。オレ、オーグラムの民達と仲良くなれたし、カトリアも元気だ。全部うまくいった、きっと……父様は間違ってなかったってことなんだ。父様今までありがとう」


「ん? 今までありがとう……? 待て、それはどういう……」


「オレ、カトリアと結婚したいから、クレイモア兄さんを帝都から連れ戻してくる。領地は継がず、外でカトリアと一緒に幸せに暮すから。あとはクレイモア兄さんとよろしく!」


「ちょ、ちょっと待て、バスタああああああああ!!」



 執務室を走り去るバスター、それを追うスミス。そういやそうだった……バスターはカトリアと結婚、カトリア以外の正妻はありえないってことでスミスと喧嘩してたんだっけか……それはそれ、これはこれってことね……




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