第7話:力の覚醒




「ウオオオオオオオオ! コロセェーー!!」


「──ッ!」



 新魔王の号令により部下の魔物達がバスターに襲いかかる。魔物は人型、獣型に関わらずその全てが特殊な魔力を纏っていた。その魔力は細かくトゲトゲとしていて、針の集合体のような形だった。


 バスターが襲いくる魔物達を殴り飛ばし、蹴り飛ばすと、その魔力のトゲは──



「──いッ!?」



 バスターの魔力、精神体へと突き刺さる。魔力の針は、バスターの魔力を汚染し、痛みを与える。新魔王軍の魔物と戦い、その魔力と触れれば……例え魔物達を倒してもダメージを受けてしまう……厄介な……おそらくこの特性があるから、オーグラムの男達も新魔王軍に敗北してしまったんだ。


 戦えば戦うほど一方的に不利になっていく……この魔力の棘の対策、魔力の浄化が行えなければ戦闘の継続は困難だ。バスターの対策は……



「母様程じゃないが、オレでも回復魔法は使える……そうか、お前ら……この棘の回復する手が足りなくて……チッ……【浄化の活性】!!」



 【浄化の活性】呪いの浄化と呪いへの耐性を付与する魔法。魔法の発動と共に、バスターの体の芯から水の魔力が溢れ、それは魚を形どった。水の魔力の魚はバスターの体内を駆け巡り、泳ぐようにしてバスターの魔力に刺さった魔物の針を喰らって浄化、消滅させた。


 この浄化の活性の魚が生きている限り、バスターは呪いの影響を受けないで済む。無論、一度に多くの魔物の針を受ければこの”耐性”の許容値を超えて、バスターを行動不能へと追い込むだろう。



「触ると痛いなら! 触らなきゃいいまでだぜ!! オラァ!!」



 バスターは地面から崩壊した街の瓦礫、レンガや石の欠片を拾って、それらを指で弾き、弾丸のように発射する。バスターの馬鹿力と魔力による加速を持って、礫は新魔王軍の魔物達を穿つ。


バスターの視界の内であるなら、礫は狙った魔物へと殺傷の威力を持って到達する。礫が投射される度、それらは一つで複数の魔物の体を貫き殺した。バスターは同射線にある魔物を狙って殺した。最初は一つで三匹、バスターが慣れていく度、殺す数は増える。一つ、一つ、増えて増えて、やがて──


──一投につき十を殺す。その一投を秒に三度行った。それはつまり百の魔物を殺すのに、三秒と少しがあれば足りてしまう。



 きっと、この新魔王軍と戦った領民達は、この魔物達を化け物と認識し、恐怖と共に死んだ。それと同様に、バスターと戦った、否、一方的に殺戮されたこの魔物達は、バスターを化け物と認識することになる。



「そんな……馬鹿な……幹部以外が全滅した……だと? いくら雑魚とはいえ……たかが人間が、我ら新たなる種族をこのように……化け物か?」


「新魔王さんよぉ……どうする、ここで手打ちにするか? お前らが二度と人に悪意を向けないってんなら、オレはここで止まっても良い」



 ば、バスター……? お前何を言って……



「は?」


「お前らは自分たちが殺されないと思ったから、こんなことをしたんじゃねぇのか? 今ならわかるんじゃねぇのか? お前らが殺した、民達の顔を見てみろ。恐怖と苦痛で歪んだ顔だ、今のお前らと──同じ顔だ」


「なっ、恐怖だと? 馬鹿なッ! 我ら新たなる種族、新魔族が人間ごときに恐怖するなどありえない!!」


「なら自分の面を見てみるんだなッ!! 【冷熱逆転】」



 【冷熱逆転】それは文字通り熱に関する現象を反転させる効果を付与する魔法。付与対象の起こす現象が熱ければ熱いほど、それは強く、冷たく逆転する。冷たければ冷たい程、それは熱くなる。


と言っても、魔法を使わなければ人間が物を冷やすのは難しいことなため、大抵は熱いを冷たいに変換する運用が主流とされる。


 バスターはこの魔法が付与された状態で拳を大きく振るった。それは空振り、大気を狙ったもので、岩を溶かす熱量を持つバスターの拳、それが引き起こす現象は反転されて、大気を凍らせた。氷の膜が、空中に生み出された。



「あ、あああっ、嘘だ、これは我の顔ではない……貴様が魔術で生み出した幻影だ!!」



 氷の膜に映し出された己の顔を見て発狂する新魔王。なんとも幼く、軽く、空っぽなんだ……この者の行動からは根拠を、意志を感じ取ることができない。


まるで、子供が親に言われたからやった、その程度の背景に思える。だとすれば、この者達が言っていた新たなる種族とは……本当に生まれたばかりの種族なのかもしれない。だとすれば、この者達を生み出したのは一体……?



「そうだ……我が神が仰っしゃられていた! 痛みは、苦しみは成長の糧だと、試練を乗り越える度に我らは強くなると! ああ、痛みだ! この戦場は痛みで溢れている。苦しみが、我の糧が!! 痛みは我の味方だ!!」


「なっ、なんだ? いきなり興奮しはじめたぞ……? なにをやろうって──っ!?」



 俺もバスターも目を疑った。新魔王が新たな力を具象させたからだ。新魔王の魔力が、実体化した。黒く半透明だった魔力が、真っ黒な物質へと移り変わり、物質化した魔力は戦場で積み重なった、死体へと手を伸ばし、その死体に宿る痛み、苦しみ、魔力を物質化させた。力を抜かれた死体は変形し、網目状の皮となってしまった。


物質化した死体の魔力は新魔王の力として取り込まれ、新魔王の翼は数百倍の大きさへと成長する。


 なんということだ……これは単純な魔法ではない……あの新魔王は単に力を取り込んだ訳じゃない……死体から取り込んだ、物質化した魔力は新たな生命体としての機能をしっかりと持っている。


基本的に魔法は時間と共に効果を喪失する。しかし、新魔王が行ったこれは、おそらく魔法効果の時間切れが存在しない。だとすれば……新魔王は、死体が増えれば増えるほどに、無限に強くなるってことだ……強くなる前でも、新魔王はバスターの本気の一撃に耐えていた……こうなってしまっては……バスターにはもう、新魔王を葬る手段がない……



「ははははは! ああ、もう怖くなくなった。それどころか、お前が成長の機会をくれた恩人に見える。お礼に、お前も我の一部となることを赦そう。可能な限りの苦痛と恐怖を与え、馴染むように、整えよう」



 ──ゾウン! 大きな大きな、羽ばたく音がした。あまりに巨大な新魔王の翼は羽ばたくだけで周囲の建物を吹き飛ばし、旋風を巻き起こした。


羽ばたいた新魔王が、バスターを空中から見下ろしている。きっと新魔王には戦場がよく見えていることだろう。だから、新魔王が見つけてしまった──


──バスターの弱点、守るべき者を。



「てめぇ、やめろ──」



 ──ガシリ、新魔王の翼、羽の一枚が長い長い腕に変形して、一人の人間を掴んだ。



「こいつが大事なんだろう? 上からはよく見えたよ。お前が守ろうと、背中に隠そうとする者が誰なのか、よく分かった。悲しいなぁ、大事で大事で仕方ないから、すぐに見つかった。強い気持ちが教えてくれた。この人間の女が、死んだら……? お前はどうなる……? どこまで苦しくなるんだ?」



 ──バキ、バキバキバキ。バスターはキレた。怒りのあまり、全身のいくらかの筋肉が潰れ、出血した。その怒りは、バスターが生まれ、ここまで生きて、最大のものだった。



「バスター……! にげて! せめて、あなただけでも……!」


「カトリア……何、言ってんだ……なんで自分が死ぬ前提で話を進めてんだ!」



 バスターにも分かっていた。強化された新魔王と戦えば、息を切らさずに戦うなど不可能であると。それはつまり、戦えば勝っても負けても死ぬ、ということだった。バスターを縛り付けてきた呪縛、父の言葉。しかし最早、その言葉はバスターを止める言葉足り得ない。



「だって、無理だよ! これ以上頑張ったら、バスター死んじゃうよ! 心臓が、持たないよ……ねぇバスター、良い子、やめたんでしょう? だったら、人助けなんて、しちゃダメだよ……」



 オーグラムには伝承があった。【いつの日か、1500の年が過ぎし頃、世の歪みと共に現れる。歪みを正し、心を戻さんが為、真なる勇者は現れる。英雄の地、その手は大きく、世を掴む】



「そうだな、良い子はやめた。だから──カトリア! お前の言う事なんか聞かねぇッ……!! 上等だ! 死んでやらぁ!! 自分の命よりも大事なもん守れんのなら! 上等ってもんだ! 好きな女見捨てて逃げるぐらいなら、元々死んだ方がマシ、オラぁ、お前のいねぇ世界なんか生きていたくねぇ! ずっと、オレの傍にいろ! カトリアッ!!」


「ば、バスター……!!」



 その伝承には続きがある。


【誰が為に命を賭ける時、愛と真なる勇気を示し時、男は真なる勇者となるだろう】


伝承が事実であるのなら、その在り方を示したバスターには──



「うおおおおおおお!!」


「な、なんだ、この光は──!?」



 ──真なる勇者の力が宿る。



「ま、まさか……本当の話だったのか……真なる勇者の伝説は、人間の願望に過ぎないのではなかったのですか!? 我が神! 話が、話が違う!!」



 白銀と黄金、二つの光が煌めき交わり、バスターを包む炎となった。それは魔力とは違う別の力だった。かつて俺が下界に齎した神器の力とも異なる。


しかし、その力を俺は知っている。その力は元からこの世界にあったモノ。


 ──意思の力。



「ああ違うね、そんな姿……お前らの形じゃあねぇだろ? 思い出せ! 自分の形を……!! 【解放の剣】」



 バスターを取り巻く白銀と黄金の炎は大きな大きな剣となって、空を裂いた。バスターが息を切らす程に、全力で振るったその剣は、巨大で空を隠していた新魔王のすべてを飲み込んで、通り抜けた。



「ぐおあああああああああ!?? な、い、だいッ!? からだが、裂けるッ!? おまえ、何を、何をしたあああああ!!?」


 新魔王の体が……死体から取り込んだ物質化魔力が……新魔王の体から千切れるように、離れていく……



『ありがとう、ありがとう。ごめんなさい……』



 声が……聞こえる……これは死したオーグラムの人々の声なのか? いや、そうに違いない。なぜなら声は、新魔王によって力を抜かれ網目状に変形していたオーグラムの民の死体が、元の形になると同時に聞こえたからだ。


 意思の力が真なる勇者の力だとすれば……バスターが引き起こしたこの現象は、新魔王に取り込まれた者達の力、つまりは魂の一部に呼びかけ、本来の形へ戻れるようにしたってことじゃないのか?


言うなれば意志力の強化? 新魔王からすれば体のパーツが急に自我を持ち出して、暴れ出したって感じか?



「あ、あああああ!!? が、がが……なんでなんでなんで! 神様、なんで嘘を! 我は世界で一番強いって、真なる勇者なんていないって言ってたのに……! や、やめて、やめてくれえええええええ! 殺さないでくれぇ!! 怖い、怖いよ! もう嫌だ!」



 ガチガチと歯を震わせ、体も震わせた新魔王の姿は、とても弱々しく、恐怖に怯える子供のようだった。恐怖と絶望の感情だけが新魔王の心を満たしているのは明白だった。


意思の力、それを強化するということは、きっと……バスターの力は新魔王の本心をも強化してしまったんだ。新魔王は恐怖と不安を感じていた。それはバスターに対してもそうだろうが、生み出されてすぐ、世界を滅ぼせと何者かに言われたとしたら、不安にも感じるだろう。だって命じたであろう者は、命じただけでこの新魔王の傍にはいない。



「あ、あれ……? おれ、殺されたはずじゃ……え? 嘘だろ? じゃあ、もしかしてバスター様のあの力で、生き返った……?」


「えっ!? マジかー、こりゃ嬉しい誤算だな! なぁカトリア?」


「は、はいぃ~~~」


「ははは、バスター様! カトリア、真っ赤でふにゃふにゃになってますよ!!」



 マジか……新魔王軍に殺された民達が蘇ってる……新魔王からオーグラムの民の魂を解放しただけでなく、蘇生まで……いや、よく見ると蘇生されたのは全員ではなさそうか……新魔王に取り込まれた者の一部だけが蘇っている。


もしかして意思を強化された影響で、生命力も強化されたのか? それで蘇生できるレベルまで回復したから蘇生した?


 そうなると、いつの間にかバスターに背負われているカトリアの方もちょっと問題かもな……バスターの意思の力を強化する効果を受けなくとも、カトリアはバスターへの恋心からおかしくなっていた。それが強化されたとなると、これは重症になるかもしれない。




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