第6話:新魔王軍と新魔王
「ああー若様、そちらの水筒はあまりオススメできません。安物の皮を使っているので、水にニオイがつきやすく……」
帝都に向かう旅の準備をするため、バスターは道具屋に立ち寄った。
「あぁ!? なっ、オススメできないだぁ? オレがこれでいいつってんだからこれでいいだろ!」
「ははは、バスターの兄貴、それって今まで良い子にしてた反動? 素直におじさんの言う通りにしときなよ。旅中にまずい水って気分悪いよ?」
「やれやれ、ああしなさいこうしなさいはしばらく逆効果ね」
しかしここで問題が起こる。今まで良い子になろうと自分を抑え続けていたバスターの心には相当の鬱憤が溜まっていたようで、良い子をやめると宣言した後、堰を切るようにしてバスターの気性の荒さ、反抗的な心が溢れてしまった。
「あぁ!? んだと? そう言われたって自分でも抑えらんねぇんだよ!! 今まで抑えてきたオレの中の衝動が、溢れちまうんだ!!」
天邪鬼そのもの、これが正解だと言われると反対に行きたくなる。クソガキだった、まだ自分を抑えることを知らなかった幼い頃のバスターの方がマシまである。
というのも、道具屋の前に薬屋にもバスターは立ち寄ったのだが、バスターは店主におすすめされると、おすすめ品を拒絶、人気のないモノ、低品質のモノを買ってしまった。
そんな調子でバスターの旅具選びは進んでいって、癖の強いものばかりでまとまった。
「ねぇバスター、魔物探知の魔導具ぐらいちゃんとしたの買ったほうが良かったんじゃない? だって命に関わるモノよ?」
そうだぞバスター、カトリアの言う通りだ。妥協したらダメなものってのはあると俺も思うな。
「えぇ? これぇ? 別にいいだろ。街道通れば魔物なんて会わねーって。安物で十分だって、というかめっちゃ金余ったな。もしかしてオレ買い物うまいか?」
「いや兄貴……買い物うまいは流石にない……だって実際に役に立つか怪しいものばっかりだし、なんなら無駄なもんも買ってるよ。ほら、例えばその水の味変えとか絶対ヤバイって……芸人が飲んじゃダメなもの飲む芸に使う奴だろ? 常用前提に作られてないって……」
「そうそう、ミロッポの言う通りだよ。そもそも安物の水筒なんか買わなければ必要なかったものでしょ?」
「いやぁ確かにオレが買った水の味変えはヤバイ可能性があるけど……水の味を変えるって発想は悪くねぇと思うんだけどなぁ。一応説明書読んでみるか……えーっと何々、パーティーの芸等に活用ください。日常的に摂取すると腎臓に負担が掛かる恐れが……使った液体を浄化する作用……劇毒にも対応……これあれか……毒を弱めの毒に変えるみたいな仕組みだったのか。ふーん、じゃあアレだな! オレなら問題ないな!」
全く恐ろしい男だぜ……そもそも安い水筒を使わなければ水の味変えなんて必要ないというのに……このバスターと言う男はまるで自分の策が完璧であると確信してしまっている。
ミロッポもカトリアも半ば諦めの境地だが、不思議なことに二人には笑顔があった。なんだかんだ、バスターと一緒に買物をするのが楽しかったようだ。確かに見る分には楽しくはあるかも、珍獣を見ているようで。一緒に旅なんて俺は絶対にしたくないが……
「あれ、兄貴、買い物の袋から煙出てるよ?」
「えっ!? 嘘!? わっ、マジだ! ちょ、オレ燃えるものなんて買ったっけ!? これ……魔物探知の魔導具の煙か……なんだよ不良品かよ。こんなところで誤作動起こしやがって……安物には安物な理由があるってこ──」
──ガオオオオオオオオオン! 大きな、獣の咆哮が響いた。
それはバスターの買った安物の魔物探知機は誤作動ではなく、正常に作動していることを意味していた。
「オーグラムに街中に、獣……魔物だと? ありえねぇ、ここらの魔物はオーグラムの戦士が狩り尽くしてるはずだ。それに街に入る前に騎士団の奴らともやり合うことになる……だったら噂ぐらい流れて……」
「もしかして……街中に急に魔物が現れたってこと? ねぇ兄貴、そんなことってありえるの?」
「普通はありえねぇ……ってことは普通じゃねぇことが、起きてんだ。ただの魔物じゃない……策を使うか、特殊な力を使う魔物……騎士団の奴らも流石にあの獣の声は聞こえたはず……ミロッポ、カトリア、お前らはオレの屋敷に行って、母様達と合流しろ。オレは声がした方に行ってくる」
「ば、バスター!? 待って、魔物がいる所へ行くつもりなの? そんなのダメよ、だって特別な魔物かもしれないんでしょ? 危なすぎるよ……それに、バスターは戦えないでしょ? 戦ったらきっと死んじゃう……」
「オレは戦える。息を切らさなければ死なねぇはずだ。オレはオーグラムの騎士だって倒せたんだ、だったら……まだオレにもできることがあるはずだ!」
「だったら、だったらわたしもバスターと一緒に行く! わたしだって一応ヒーラーなんだから! 怪我した人を治したり、逃げるのを助けたりはできるわ」
「じゃあオイラも兄貴と一緒に行く! カトリア様が行って従者のおいらが行かないんじゃおかしいしね」
「わかった。けど危なくなったら絶対逃げんだぞ?」
危なくなっても絶対逃げなさそうな男が言う忠告を、カトリアとミロッポは苦笑いで受け止めた。
方針を決めたバスターの行動は早い、すぐに魔物の咆哮が聞こえた方へと移動した。その場所へ移動するまでに、大勢の人々が、バスターが向かうとは逆の方向へと走り、逃げていった。
波に逆らうように進むバスター、カトリア、ミロッポの前に、事の原因が現れた。
巨大な狼のような魔物。この魔物が咆哮の主であることは明確だった。
けれども、バスター達にとって予想外の事があった。
魔物は一匹ではなかった。群れだとか、そういったレベルではない。そこには軍隊があった。
人型の魔物達と獣型の魔物達、それを束ねる王がいた。彼らは街の人々を殺し、引き裂き遊んで、食っていた。
「──我らは新魔王軍! 新たな種族、新たな時代を切り開く聖戦士である! さぁ喰らえ……! 我が下僕達、古き者共を糧と、。踏み越えるのだ! すべての残虐、すべての非道を我が、新魔王が赦し! 繁栄への航路とする!」
「新魔王、新魔王軍……ご丁寧に自己紹介をしてくれる。初耳だ、オーグラムが田舎すぎて噂が届かなかっただけか? だがよ、これはもう戦争だぜ。許せねぇ……おらぁ、オレを見下す領民共がでぇー嫌ぇだった。だがな! あいつらだってこんな死に方をするこたぁなかったんだ!」
バスターはオーグラムの民が嫌いだった。オーグラムの民がバスターのことを嫌いだったからだ。本当に嫌いだった。
だがバスターは彼らを恨むことはなかった。ただ、ただ彼らの事を羨ましそうに見ていた。
バスターは彼らの輪の中に入れなかったが、バスターはよく理解していた。その輪の中で、彼らは彼らでうまく回っているのだと。
一緒に食べて、一緒に戦って、一緒に未来の話をする。今日こんな事があった、あれを解決するにはどうしたらいい? そんな関係性の中に、バスターはいつの日か、入りたかった。
「オレは!! あいつらと仲良くなりたかったんだ! いつかオレを認めさせて、オレの仲間になるはずだった! オレはそのためにも頑張って来たんだ!! オレの! 最高の未来を奪いやがって!! オレは完璧に計算してた! してたのに!! オレに悲しい思いをさせやがって!! 許せねぇ! 死んだお前らも、殺したテメェらも!!」
怒りを踏みしめて歩んだバスターの顔には涙があった。
なんということだ……自分を嫌い、疎んできた者たちとの未来を、これほど前向きに考える奴がいるだろうか? そのために涙まで流すことができるだろうか?
俺は、バスターという男のことを勘違いしていたのかもしれない……
「なんだ貴様? 人間の若造が、逃げるどころか向かってくるとは、我の部下にでもなるつもりか? 奴隷にならしてやってもいいが……」
「オレの名はバスター! オーグラム領主の息子だ! テメェの面が気に食わねぇ! だからッ! ぶん殴りに来た!!」
「は?」
──ドゴオオオン! ズザザー……
ツバサの生えた人型の魔物、新魔王はバスターに殴られ、ふっ飛ばされて、地を転がった。
おいおい……そんな領主の息子だなんて名乗りをあげたら……敵はお前を絶対に逃さないぞ、バスター……それに注目されて戦いづらくなる……良いことなんて一つも……
バスターが……首を後ろに、振り向いて──親指を立てた……? カトリアとミロッポのいる方……まさか……バスターは囮となるつもりなのか? 新魔王軍の目を引き付け、時間を稼ぎ、その間にカトリアとミロッポに逃げ遅れた人々を助けさせるつもりか!
カトリアとミロッポは歯を噛み締め、涙目で頷いた。バスターを止めるタイミングは遠に失っていた。バスターが危険な目に合うなんて、二人は嫌で仕方なかったんだろう。けれど事は始まってしまった。やれることをやるしかないのだ。
「き、貴様ァ!! 殺せ! この人間にすべての苦痛を与えて殺すのだ! 我に歯向かったことを地獄で後悔させてやれ!」
「お前らにも地獄なんて概念あんだな? 善悪の判断なんてできねーと思ってたぜ。それにしても……思ったよりやるじゃないの。本気でぶん殴ったのに、死なねぇなんてよ」
バスターの本気の拳、それは岩を溶かすほどの威力がある。しかし、新魔王はそれに耐えた。ダメージはあった、新魔王の表情にも焦りが見えた。けれども、致命傷には至っていない。
それはつまり、オーグラムの騎士団ではこの新魔王の相手をできないであろう事を意味していた。
オーグラム騎士団団長は、本気を出していないバスターを見て格上と判断していたぐらいだ。本気のバスターでも倒せない新魔王とその部下を相手取るなど不可能だ。無論、新魔王だけが強くて、魔王軍自体がそれほどでもない可能性もあるが……
男は体を鍛えなければ成人できないオーグラムだ。そんな土地の男達が黙ってやられるとは考えづらい。抵抗したが歯が立たなかったのだと予測できる。予備兵とも言えるオーグラムの男達を一方的に殺せる時点で、新魔王軍の実力はある意味保証されているのだ。
当然、バスターもそれを理解している。バスターの焦りは汗となって、バスターの顔を流れ落ちていった。
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