第4話:欲張りセットのババア
「っは、兄貴の奴、勝手な事いいやがるよな。兄貴もオーグラム民から人気はねーけど、流石にオレよりはマシだ。オレは兄貴に領主になって欲しいんだけどよ……父様はなんで……ッチ、あーもう! ミロッポもカトリアもどっかいけよ! オレは一人で悩みてーんだ! 考えがまとまらねーよ!」
「そんなこと言わないでさぁ兄貴、おいらだけには教えてくれよー!」
「ちょっとミロッポ! あなたわた──」
「──まぁまぁ、そこは抑えてよカトリア様。男同士でしか話せないこともあるでしょ?」
俺は見逃していない。ミロッポがカトリアに目配せ、ウィンクをしていたことを。これは……なにかの合図か?
「わかった、それもそうよね~」
あ、あやし~……カトリアがミロッポの言葉であっさりと身を引き薬草畑から去っていった──かに見えた。あ、あいつ……カトリア……バスターの視線が切れる所で、茂みに身を隠したぞ? コソコソと……うわ、隠れてバスターをガン見して、全力で聞き耳も立ててる……
なるほど? そういう、合図だったのか……バスターが話す流れを作って、カトリアがそれを隠れて聞く……心配なのはわかるけど、なんと言うか、怖いねぇ……
「もうカトリア様は行ったよ。ねぇ兄貴、一体何があったのさ……ここ最近は本当に大人しく、頑張って良い子にしてたじゃないか。それがどうして……」
「今年、オレは15、成人を迎える。そんなオレに大事な話があるって、父様がな……父様はオレがオーグラム領を継げって……兄貴はやる気がないし、もうこっちに戻ってくる気がないからって……」
「え? じゃあバスターの兄貴は領主になりたくないから成人したくないの?」
「ちげーよ。別にいいんだよ、領主になるのは……大変だろうけど、覚悟がないわけじゃねぇ……成人を迎え、次期領主となるオレは、結婚しなきゃいけねぇんだ。嫁を貰って、身を固める必要がある」
うわっ……茂みからとんでもない負のオーラが……血走った目が二つ、バスターを見ている……
「え? でもそれってカトリア様と結婚すれば解決じゃないの?」
「オレも言ったさ。じゃあカトリアと結婚するって。でもダメだって……一応反逆者の子ってことになってるから、領主の正妻としては相応しくない……妾にするのが限界だって……側室でも無理だって……オレはそんなの認められねぇんだ!! オレの正妻は、カトリア以外ありえねぇ! オレはあいつと一生を添い遂げるって決めてんだ! ガキの頃からな!!」
茂みが大きく揺れる。今度はのぼせたような湯気が漂っている。しかしまぁ、バスターの奴、なんとも可愛らしい理由で反抗するものだ。本人にとっては切実な悩みなんだろうが、他の者が聞けば馬鹿にすることだろう。領主の息子が何を言ってんだと。
「そ、そっか……そういう理由だったんだ。いいなぁ、羨ましいよ」
「は? 何が羨ましいんだよ! オレは困ってんだよ!」
「それは分かってるよ。でもさ、そんな風に人を想う、想われるっていいなって思った。おいらもそういう人がいたらよかったんだけど」
「ミロッポ……お前なら大丈夫だろ。だっていいヤツだしな! きっとお前のことを本気で愛してくれる奴はすぐに現れるぜ!」
「はいはい、根拠ない~! 兄貴はそういう根拠ない話をゴリ押ししようとし過ぎ。良いこと言っても全然響かないんだから!」
「はぁ? お前、オレが励ましてやろうってのにさぁ! ったくよぉ……まぁいいや、なんかお前に話したら楽になった。ありがとなミロッポ、おかげでオレのすべきことが見えたぜ!」
「えっ? すべきことって?」
「そりゃお前、オレが結婚しなきゃいけねーのは領主にならなきゃだからだろ? だから兄貴を連れ戻して領地に監禁して、確実に次の領主にすんだよ。そんでオレはカトリアを連れて領地を出て、流れ者として二人幸せに暮らすってわけ、どうだぁ? 完璧な策じゃねーか?」
「いや兄貴それってクレイの兄貴を犠牲にすることに……」
「いいんだよ。先にオレを犠牲にしようとしたのは兄貴だからな! 兄貴が喧嘩売ってきたようなもんだから、反撃したっていいだろ。つーか、兄貴はオレの性格しった上でやってんだから覚悟の上だろ。よっしゃ、そうと決まれば旅の準備すっか、帝都へ一人旅だ!」
バスターは帝都にいる兄貴、クレイモアを捕まえるつもりか……クレイモアは確か、ウレイアの新皇帝に気に入られて、役職を貰ったとか、そういう話があった。無理やり連れ戻すのは難しいと思うが……
というか、ほんとバスターは思ったら即行動だな。俺も見習いたいものだ……
「ん? なんだ? 誰か倒れて……ってカトリア? なにやってんだこいつ」
薬草畑から続く道にカトリアが落ちていた。地面には這いずって移動したと思われる痕跡があった。
カトリア……お前……これは……ゆでダコみたいに真っ赤だ。あの小っ恥ずかしい話はカトリアの心の許容値を超えたらしい。幸せそうに痙攣している。
「しょうがねぇな。よっと、とりあえず家に届けて明日には出発だな──」
「──こりゃあ、あん時のガキが大きくなったもんだ。時が経つのは早い、いや待ち遠しかったもんだけどさ」
バスターがカトリアを背負い家へ帰ろうとした、そんな時、人影が現れた。
人影の人物はバスター、カトリア、ミロッポの顔をそれぞれ見て、次の言葉を発した。
「お前さんらならどうする? これから先の未来、人のために生きれば辛い未来があるとする。それでも人の為、大事な者のために生きるか、それともただ己が為に生きるか」
「何言ってんだこのババア?」
「ちょ兄貴! この人剣聖賢者グランドだよ!! そんなババアだなんて言ったら失礼だよ!!」
「おやおや、そっちのちっこいのはよく分かってるようだねぇ。きっと将来美人さんになれるよ」
バスター達の前に現れた人影それは50代ぐらいの老婆だった。
「剣聖賢者……こいつがあの欲張りセットみたいな称号の伝説のババア。剣聖賢者グランド……?」
「失礼な紫頭だねぇ、さっきから欲張りだのババアだの……ったく、レディの扱いがなっちゃいないよ。でどうなんだい? 質問の答えは?」
「はぁ? 人の為に生きたら辛い目に会うかもだけど、それでも大事な人の為に生きるか否かだっけ? そんなもん考えることじゃねーだろ。大事なもんのためなら人間勝手に動いちまうもんだ。オレは辛いことは嫌だが、辛かろうがオレの体は勝手に動いちまうだろうな」
「おいらは……大事な人のために生きると思う。辛くても、そっちのほうがカッコいいし、大事な人を見捨てて生きても、きっとそれも辛いと思うから。だったら大事な人が苦しむより自分が苦しむ方がいいと思うんだ」
「おいバカ! ミロッポ、お前が苦しむなんて、オレは許さねぇぞ!! お前はオレの大事な大事な弟分なんだからな! お前はオレの一番の家来になるんだよ!」
「えー? 一番の家来になったらそれはそれで苦しいことありそうで嫌だなー」
「はぁ!? おまえーー!! 言ったなこの野郎!」
「はっはっは、仲が良いねぇお前達は。けどそうかい、お前たちは強い心を持った若者だね。言葉に嘘がなかった、純粋でまっすぐで、ただ心根のままに言葉を発しただけだった。それでその答えが出るんだったら、この先は、良い方に繋がるかもねぇ。さてバスター、あんたにアドバイスだ」
「は? なんであんたがオレの名前を……」
そりゃあ知ってて当然だろう。俺にはこの老婆に見覚えがある。バスターの周囲しか見ることが叶わぬ俺、アレンコード。その俺が知る者となれば答えは一つ。
「あんたが生まれた日、あたしゃオーグラムにいたのさ。おぎゃあおぎゃあと元気に泣くあんたをあたしは間近で見た。なんなら頭を撫でてやったもんさ」
「え?」
◆◆◆
剣聖賢者グランドはバスターの誕生に立ち会った。グランドは自身がオーグラムへ来た理由を語らなかったが、俺もスミスも、ナイネムも何となく察していた。
剣聖賢者グランドはバスターが生まれるその瞬間を見届けるために来たと。
生まれたバスターにグランドは語りかけたから。
「いつの日か、1500の年が過ぎし頃、世の歪みと共に現れる。歪みを正し、心を戻さんが為、真なる勇者は現れる。英雄の地、その手は大きく、世を掴む」
グランドはそう言って、人差し指を生まれたばかりのバスターに掴ませた。
「いたたた……こりゃあとんでもない馬鹿力だね。無理矢理に引き抜こうとしたら指が取れちまう。けれど、こうやって離すのを待ってやれば、ほれ……」
グランドの指をとんでもない馬鹿力で掴むバスターだったが、グランドがバスターの頭を優しく撫でると、バスターは笑いながら指を離した。
「真なる勇者……やはり、そうなのか……現代の英雄と呼ばれたこのワシでも無理に指を引き抜くのは無理だった。グランド様、ワシらはどうしたら……この子は、バスターは」
「案ずることはないよ。その子を守ってやりな、いつか大人になって旅立つまでさ。それが人々の為、ひいては帝国の為となる」
俺はこの話をいきなり聞かされて、何が何やらさっぱりだった。「えっ? なんで急に下界の様子が見れるようになったの?」そんな感じの混乱状態。ただなんとなく、このバスターという赤子は特別で、それで俺と繋がったのだなと思った。
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