第2話:良い子やめます!




「おやぁこれは若様ぁ、こんな所になんのようですかぁ? ここは、戦士の詰所ですよ……? 戦えないあなたが来る所じゃない」



 数年が経ち、バスターは15となった。バスターは今日、成人を迎えるはずだった。



「戦えない? オレが? そんなこと誰が言ったんだ?」


「は? だって、激しく体を動かしたら死んでしまう、虚弱体質なんでしょう? だったら戦えるわけがないでしょうが……バカなのか? というか、成人の儀があるんじゃないんですか? まぁでも、ははは、そうか。分かってるんだ! 戦士としての鍛錬を行って来なかったあなたは、一人前のオーグラムの男としての自覚が持てないんだ!」



 テスペックはバスターと違い、成人後、順調に戦士としての経験を積み、今ではこの男の噂をよく聞くようになった。良い噂と、悪い噂、盗賊の用心棒を一対一で倒したとか、酒癖が悪く、酒場の娘を襲おうとしたとか。


 嫌われ者であると同時に、人々に存在を認められた者。オーグラムの未来を担うことを期待された新星。


 はぁ……こんな嫌な奴がオーグラム戦士の期待の星か……もっと頑張れよ、他のオーグラムの若人よ。



「なんもかんも勝手に決めるんじゃねーよ。オレは成人しねぇって、自分で決めたんだ。オレにも譲れないもんがある」


「はぁ? 何を訳のわかんないことを、良い子になる、立派なオーグラムの男になるって話はどうなったんですか? というか、結局何の用で来たんです? 邪魔なんで早くどっか行ってくれません?」


「良い子はやめだ。オレがここに来たのは、ここで一番つえー奴を倒して、父様にオレの実力を認めさせるためだ。つまりテスペック、テメーは関係ねぇ。オレ、ドランボウ・サイモア・グラム・バスターは、オーグラム騎士団団長、アロイモンテとの決闘試合を申し込む!!」


「おいおい正気かよ……」


「若様ついに頭おかしくなったか……」


「あいつは元々イカれてるだろ……」



 バスターが大声で言い放った決闘宣言は戦士の詰所全体に響き渡り、詰所はざわめいた。戦士達はバスターの正気を疑いつつも、期待していた。オーグラム領主のバカ息子が、団長との戦いで己の身の程を知る事を。


 それにしても本当に大声を響かせたものだ。これでは団長もバスターの声が聞こえなかったなんて言い訳はできない。あまりの声のデカさに、目の前でそれを食らったテスペックは耳と頭を抑えている。



「これは何事ですか、バスター様。いきなり決闘とは……今日は今年の成人の儀の日、我々と訓練を行っていた子らも、皆儀式の場へ向かっておりますよ?」



バスターの声に導かれ、ハゲ頭の屈強な男が現れる。腰裏に帯剣した半裸の男はタバコを吸いながらやってきて、バスターの眼の前にたどり着くと、タバコを足元に捨て、足裏で火を消した。


 迫力のある男だ。かなり強そう、時代が時代なら、この男が勇者であってもおかしくなかっただろう。それにしてもオーグラムは半裸の男ばかりだな。いつも上着を着ているバスターはそれだけで変人に見えることだろう。


 今までバスターの目を通して見てきたオーグラムの男達、その殆どは半裸の男だった。バスターの父親であるスミスも半裸で執務室での事務作業をこなしていた。俺が見てきた限りでは、バスターとその兄、他地域との関わりのある商人ぐらいしか上着を着ていなかった。


 バスターの母親であるナイネムは他所からやってきたからか、オーグラムの男は半裸という風習に抵抗があったんだろう。バスターとその兄に服を着るように教育していた。


 一見するとまとも、良いように見えるが……実際の所、ナイネムのこの判断はよくなかったんじゃないかと俺は思う。


 このオーグラムという脳筋の土地では半裸でない、上着を着るということは、上半身を見せられないという意味となり、それは体を鍛えていないだとか、戦えないといった意味にも繋がってくる。


 早い話、男は上着を着るとオーグラムで物凄い舐められるってことだ。ナイネムの教育の結果、バスターは余計に周囲との溝を深めてしまった。



「ッチ、うるせぇな。どいつもこいつも説教ばっかり……何が成人の儀だ!! ここにいる15より年食った野郎どもが、全員立派な大人、オーグラムの男だってのか? はは、んなわけねーだろ!! 人の顔色ばかり伺って、なんの信念も持たねー腑抜けばかりじゃねーか。こうやってオレが喧嘩を売りに来たって、オレが領主の息子だからって、ぶん殴りにも来やしねー」



 バスターの生意気な発言に詰所の戦士たちは目の色を変える。しかし、やはりバスターに殴りかかってくるような真似はしない。ただただ、騎士団長、アロイモンテへ期待の眼差しを送るだけ。頼むよ団長、この生意気なガキを締めてくれ。そんな思いが顔から滲み出ていた。



「ふむ、それは一理ありますな。バスター様の言う通り、こやつらは腑抜けている。自分があなたを殴るのは怖いから、私にやれと祈っている。まるで男らしくない、オーグラムの男子として恥ずべき姿だ。しかしだ、そんな奴らに私は説教をしてしまった。ならば手本を見せる必要がある。いいでしょう、決闘を受けましょう──バスター様」


「──待ってください! アロイモンテ団長! こんな奴……団長が出るまでもありませんよ!! 団長の代わりに自分に決闘をやらせてください!」


「おいテスペック無粋だぞ……人の決闘に水を差すとは……」


「なんだテスペック、オレとやりたかったのか? なぁアロイモンテ団長、テスペックの野郎ってのは、オーグラムの中じゃ強い方か? 倒したら、父様が認めるぐらいの価値はあんのか?」


「えぇ? まぁ、そうですね。若い衆の中じゃ強い方、バスター様との年の差を考えたら、まぁ十分、スミス様を認めさせるに足るでしょうな」


「お、マジぃ!? じゃあテスペックでいいや」


「んなっ!? ちょ、バスター様!? こここ、ここで決闘相手を変えてしまうんですか……? そんなことしたら私から逃げたというような風評がたって……」


「風評? どうでもいいな。だってよぉ、どう考えてもあんた倒すよりもこのカス野郎を倒す方が楽だし早いだろ。それでダメならまたあんたも倒せばいいだけ」


「んなっ、バスター貴様!! 舐めやがって、ここで”事故”があったとしても、文句は言えねぇぞ!!」


「ははは、テスペック、お前わかりやすくて助かるぜ。じゃあ始めんぞ、3つ数えたら決闘開始だ! 3、2、1──」



 バスターの急な決闘開始宣言にテスペックは振り回されることなく、即座に心身共に戦闘態勢を整える。


 決闘のカウントが零となり、最初に動いたのはテスペックだった。テスペックは決闘開始同時に剣を構え、土を蹴った。土をバスターの顔めがけて飛ばした──目潰しだ。


 したり顔で土を蹴り上げたテスペックだが、土の向かう先を見て真顔となる。


 ──そこに、バスターはいなかったから。



 ──ドガァ!!


 短く一瞬、鈍い音が響いた。


 ──ドサリ、すぐに次の音がした。それはテスペックが地に倒れ伏す音だった。



「うし! いっちょあがりぃ! いやぁ余裕だったな。息をあげるような、激しい動きをしないで済んでよかったぜ。虚弱体質だからな、そうなったら死んじまう」


「は……? なにこれ、何が起こった?」


「んだよこれ、テスペックの野郎、八百長か?」



 戦士達はテスペックに何が起こったのかをまるで理解できていなかった。ただ一人、アロイモンテ団長を除いて。


「今のはなんだ……? 見たこともない歩法だ……膝下の脚力のみでステップ……魔力を使って滑るように……テスペックの意識の隙に、差し込むような絶妙なタイミング……伸ばした腕から極端に短い距離の拳の一撃を腹に……確かにこれならば、息を切らさず戦えるが……鍛錬もなくこれ程の技を会得できるはずがない!! バスター様ァ!! 服を脱いで見せてくだされ!! 体を見せていただきたい!!」



 成人ギリギリの男子に服を脱げと要求する屈強なハゲ男、なんともな絵面だ……



「は? まぁそれぐらいいいけどよ」



 パツ、パツン。バスターが上着を脱ぎ、その上体が顕となる。



「なっ、こ、これは……この傷は、この筋肉は……やはりバスター様、あなたは……スミス様の息子なのですね……っ!」



 バスターの半裸、上半身を見た詰所の戦士達は息を呑んだ。


 誰もが服を着たもやし野郎だと、バスターのことを決めつけていたから、バスターの体が傷だらけで、鍛え上げられた筋肉が存在するとは思ってもみなかった。


 その体には覚悟が見えた。そこにはバスターの歴史があった。



 息を切らせば死ぬ、そう言われ育ったバスターだったが、自室の壁を壊した時、自身の気性の荒さを自覚すると同時に、自分は息を切らさず壁を破壊できたのだという事実に驚いていた。


 それによってバスターはある考えに至る。


 息を切らさなければ体を鍛えることが可能なのではないか?


 息を切らさない動きであるなら戦えるのではないか?


 バスターはそれから5年、独自の鍛錬法を編み出し、実践し続けてきた。一人、誰に頼るでもなく、己の可能性を信じて鍛え続けた。



 バスターは母から受け継いだ魔法の才能、それを活用し、筋繊維に負荷を与える新魔法、筋トレ魔法とでも言えばいいか、己を鍛える術を編み出していた。


 それは筋肉のパーツを極限まで細分化、絞ったポイントを狙い順々に負荷を与えることで、筋繊維を傷つけ、後に再生させるというもの。


さらには大気の力を肺や心臓に頼らず、魔力を経由することで直接体内に取り込む技法、魔力呼吸も会得した。


 これによりバスターは身体による呼吸を行わず、永続的に動くことを可能とした。心臓と肺を使わずとも、大気を取り込み、常に最高の状態を発揮できる。


 バスターは己の体に己を技を試し続けた。コンパクトな動作による闘法、その技で己の体を傷つけ、耐える力を身に着けようとした。魔力によるモノも、物理的なモノも、自分にできる技をすべて試した。


 己の技で肉体が鍛えられていく、技に耐え、体は頑強になる。使った技は磨かれて、さらに威力を増す。バスターの拳が岩を”溶かす”領域へ至った後、体が受ける傷は徐々に小さくなっていった。


 バスターが拳で出せる極限の威力に体が適応しきったから。



永遠無動えいえんむどう、それがオレの編み出した闘法、オレの覚悟だ」


「えいえん、むどう……そ、その技……私に教えてはもらえないでしょうか!! 私はもっと、強くなりたい!! バスター様、この通りです!!」


「だ、だだ団長!?」


「おいおい、こりゃ一体どういうこったよ……」



 跪き、教えを請うアロイモンテ団長、詰所の戦士達はそれを見て事の異常性を察した。


 もしかしたら、バスターはアロイモンテよりも強いのかもしれない。そんな考えが戦士達の脳裏によぎる。頭でそんなはずがないと否定したいのだろうが、俺には、このアレンコードにははっきりと聴こえる。


 戦士達の心の臓の高ぶりが。




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