逆張り勇者~蛮族領の次期領主、よかれと思って忠義心から帝国を終わらせてしまう~

太黒愛釈

第1話:オレ、良い子になります!




「うーい、鍛錬はじめっぞ~って……なんなんすか? こっち見て、やりづらいんすけど……? ねぇ、若様」



 嫌味な少年、年は15くらいか、確か名前は……テスペックだったかな?



「だったらなんだよ? お前らが勝手にオレの視界に入っただけだろ」



 嫌味な少年に若様と呼ばれた少年は、口をとがらせ、睨みをきかせるように言葉を返した。けれど少し、少年は羨ましそうにしていた。



「いやぁ~いいっすよねぇ? オーグラムじゃぁ、鍛錬しなきゃぁ一人の男として認められないっていうのにさぁーあ? 体を鍛えなくても、若様はと、く、れ、い、で認められちゃうんでしょー? 羨ましいよなぁ~体が弱く生まれるってさぁ!!」



 オーグラム、かつて魔剣グラムを用いた英雄が活躍した地。かなり田舎で、男は体を鍛えるのが最大の娯楽という脳筋な地域である。



「チッ、クソどもが……! 調子に乗りやがって!!」



 少年はキレた、かに思えたが──



 ──バキィン!!



 大きな音が響く。それと同時に、少年の口からは大量の血が流れていた。



「やべっ……歯をやっちまった……」


「やば……こいつ、どんだけ頭に血が上りやすいんだよ……」



 若は怒りのあまり、歯を噛み締めすぎた。その結果歯が割れて、大出血……痛そー……けれども、若はその出血で、冷静になった。怒りを抑え込んだのだ。


 年上の子供の誹りを耐える代償がこれか……なんとも難儀な性格だ。



「あ、えっとー若様? これってぇ、別に俺たちのせいじゃあないっすよね? だってー、若は良い子になるつもりなんでしょう? だったらー、ね?」



 若の反応が異常過ぎたのが原因とはいえ、あまりの事態に焦る嫌味な少年、テスペックは保身を図る。気持ち悪い、薄っぺらい媚びた顔、若を侮蔑する顔が入り混じった顔で、言葉を吐いた。



「あ? お、おう……そうだな。オレはいい子だからよ……こいつはノーカンだぜ」



 そういう若の表情は心底納得がいかない様子だったものの、彼は口内の治療もあるしで、家へと帰っていった。



 こんな少年が本当に真の勇者になるんだろうか? 俺はこの少年を生まれた時からずっと見ているが、正直言って、この子はかなり問題児だ。トラブルメーカー体質だ。生まれながらの反逆体質というか、人に好かれる努力をしないというか、我が道を行くというか……


 勇者でなくともこの子はオーグラム領主の息子だ、いずれ領地を治めることになるかもしれないのに……これじゃあ先が思いやられる。



 まぁでも見守るとしよう。どうせ今の俺にはそれしかできない。世界をこの子経由でしか見られないのだから。



 今日も記録しよう。



 俺の名はアレンコード、かつて人に寄り添う神々の一柱だった者。


 今はこの者、ドランボウ・サイモア・グラム・バスターを見守る者だ。



「ちょ……バスター!? あなた、その歯、口、一体どうしちゃったのよー!」


「えと、母様これはその……まぁ、良い子の代償っていうか、耐え? 己との戦いみたいな感じかな?」


「はぁ? もう、何わけわかんない事いってるのこの子は……まぁいいわ、治療するからそこ座りなさい」


「は、はい……」



 バスターは帰ってすぐ、母親の顔を青褪めさせた。そりゃぁそうだ、だって口から血をタラタラと垂れ流して、床に敷き詰められた高そうな赤い絨毯を別の赤色で汚しているんだ。息子への心配と、絨毯どうしようの念で気が気でない。


 バスターの母が手をバスターの口元にかざす。すると紫色の光が彼女の手から溢れ、バスターの口の怪我を優しく包み込んだ。


 無詠唱回復魔法の発動、それもかなりハイレベルのモノだ。この時代の基準だとどの程度のものかは知らないが、おそらく一般的ではないレベルだ。みるみるうちにバスターの口内の怪我が、割れた歯ごと治癒していく。



「バスター! いるー? って、ぎゃあああああああ!? その血、どうしたの!? やばやばやば、治療しなきゃ!」


「いやだから今母様に治療してもらってんだろ。うるさいなぁ、カトリアは……」



 カトリア、バスターよりも2つ年上の少女は、バスターの家、ドランボウ邸に入ってくるなり大慌てだ。



「コラッ! バスター、心配してくれてる可愛い幼馴染の女の子にそんな態度、全然良い子じゃありませんよ? 紳士協定に違反よ」


「オレそんな紳士協定聞いたこともないよ母様……」



 バスターは基本的に反抗的な態度だが、母親には逆らわない。なのであの嫌味な少年、テスペック達からはマザコン扱いされることもある。しかしバスターがそれでキレたことはない。母親が好きで尊敬することは恥ずかしいことでもなんでもないと、心の底から思っているからである。


 だからバスターが敵対的な少年達にマザコンだと煽られた時。



「オレはマザコンだ!! 悪いかよ! 母様はオレの誇りだ! 大好きに決まってんだろ!! お前ら、お前らのかーちゃん好きじゃねぇのかよ!! この親不孝もんが!! おめーらのかーちゃんが可哀想だぜっ」



 バスターはそう言い切った。俺はそれを見て、バスターはキレやすいけど、本質的にはいい子だよなと思った。



「ねぇバスター、一体何があったの? またテスペック達に嫌なことでも言われた?」


「カトリア、聞くんじゃねぇ……オレは良い子になるためなら、こんぐらい耐えられる」


「た、耐えるって……こんな大怪我してまですることじゃないよ……ねぇバスター、もう良い子になるなんてやめようよ。だって向いてないよ……別に無理なんかしなくても、バスターが最初から良い子だってことは、”わたしが”分かってるんだから。バスターのお父様とお母様だって、バスターの傍にいる人はみーんな、よくわかってるよ。バスターの良さは知ってる人が知ってるだけでいいよ」


「……っは、お前に言われたくねーよ。なんだよお前エラソーにさ、昔はオレが守ってやったのに……今じゃ、人気者で、オレが守る必要すらない。オレよりもみんなからずっと認められてる。なんだっけ? オーグラム一の美少女だっけ? 祭りでも、お前が歌うとみんな見とれて……気に入らねぇ……人に好かれるように努力してきた人間に、お前に、なんでそんなこと言われなきゃいけねぇ! なんでお前は良くて、オレはダメなんだよ……! オレは!! お前に負けねぇ!! オレは立派になるんだ!!」


「う……そんな怒らなくても……どうしてバスターはそんなに良い子に、立派になりたいの?」


「……聞くんじゃねーって言ってんだろ!! オレはお前に嘘つきたくねぇ!!」



 バスターはそう言ってカトリアの前から走り去る。丁度母親の治療魔法の処置が終わった頃だった。


 バスターに拒絶されたような形のカトリアは、涙目で落ち込んでいた。けれど、そんなカトリアをバスターの母、ナイネムはニコニコとした表情で見ていた。



「ふふ、そんな泣かなくても大丈夫よカトリアちゃん」


「え? ナイネム様、どういうことですか?」


「それはあの子との約束があるから言えないけど、カトリアちゃんとバスターはずっと仲良しだから。泣かなくていいのよ」



 バスターの母、ナイネムは知っている。バスターがなぜ良い子になろうとしているのかを。なぜなら、ナイネムがバスターに言った言葉こそが、バスターが良い子になろうとする原因だったから。



 ──バダム、扉を乱暴に閉める音が響く。


 自室に戻ったバスターはふてくされるように、ベッドの上で大の字になる。



「カトリアのやつ……チッ……オレは、お前に相応しい、立派な男になりてぇんだ。結婚するならアイツしかいねぇ……クソっ、だったらこんなダラケてる暇なんてねーな。勉強でもするか」


 おぉ……こういう所は偉いな、バスターは……これが愛の力か。そう、バスターが良い子になりたい理由は、人気者のカトリアに相応しい、立派な男になるためだった。


 ある時、バスターはナイネムに言われた。



「バスター、あなたは気性の荒い子だけど、いつかそんな自分自身に耐えなきゃいけない時が来るわ。あなたは愛する人の、そうね、カトリアちゃんのために、自分自身に負けない事ができる? あなたがその気性からトラブルを起こして、カトリアちゃんそのトラブルに巻き込まれたら? あなたが自分を抑えることでしかそれを防げないとしたら? そんな時、あなたは自分の怒りを鎮められる?」



 バスターは母親のその言葉に全く反論ができなかった。バスターはその日、テスペック達が戦士となるための鍛錬、訓練するのを見ていた。息を切らす音が、心臓の鼓動が大気を伝わってくるような熱気が、そこにはあった。


 だが、バスターにはそんな熱気の中に飛び込むことが許されていなかった。バスターは生まれつき体が弱く、息を切らすような激しい運動をすれば死ぬと言われていたからだ。


 自分にはできないことを、嫌味なカス共はできるのに、自分はできない。そんな惨めさから、バスターは苛ついていた。いつもいつも苛ついていて、ついに怒りが爆発した。


 バスターはその怒りを物にぶつけてしまった。自分の部屋の壁に立て掛けて飾ってあった、ドランボウ家に伝わる名剣の一本、バスターはそれを思いっきり殴った。



 少年達の鍛錬に参加していない、バスターの怒りを込めた一撃は、体を鍛えていないのにも関わらず、剣を壁ごと粉砕した。


 そして、欠けた剣の欠片は勢いよく飛んで、ドランボウ家に使えるメイドの一人の腕に刺さり、大怪我をさせた。


 バスターは自分のしでかした事、その後に母から言われた事、それを噛み締めた。


 もしこの剣が刺さったのがメイドではなくカトリアだったら? もし腕ではなく、首や心臓、人が死んでしまうような場所だったら? そう考えるとバスターは自分が恐ろしくなった。



「母様、オレ……良い子になるよ。カトリアのために。オレはカスだ、こんな野郎はカトリアに相応しくねぇ!! オレは自分に負けねぇ、立派なオーグラムの男になるんだ!」



 バスターは自分の気性の荒さを自覚した。バスターの自分との戦いが、その日始まった。



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